1845年「一月革命」。この世界のフランスが選んだのは帝政でも共和制でもなく、レジティミストたちによるブルボン王朝の再復活、すなわち新復古王政であった。
軍事的英雄にして熱心な絶対王政信奉者であったニコラ・シャンガルニエ元帥の下、選挙制度は廃止され、カトリック教会による支配が徹底された。
さらには1860年のシャンガルニエ死後、その後継者となったパトリス・ド・マクマオン元帥の下で、1870年にはフランス国民であることに誇りを持つ「愛国法」も制定されるなど、より一層の国民の統一と思想の純化が図られるようになった。
そして、フランスは世界の軍事的覇権も手に入れるようになる。1878年のイギリス内乱に乗じ、そのペルシア植民地を強奪。さらにはシャム、エジプト、モロッコなど、世界中に植民地を広げ、その「勢力圏」を世界に拡張させた上で、名実共に世界最強の国となったのである。
かくして、フランスは太陽王の時代、偉大なる世紀を復活させる。
しかし、突出する者が現れればこれを叩こうとする動きができるのもまた、欧州の倣い。
1883年のオーストリア内戦から続く3年間、フランスはイタリア、ベンガル共和国、そしてイギリスと、次々に諸列強と対立。
最終的にベンガルに攻められたシャム王国の領土を手放す形で、敗北を認めざるを得なくなった。
挫折を味わったフランス。求心力を失った軍部に代わり、力をつけてきたのはカトリック教会。
「太陽王の時代」の「限界」を、この国はどう乗り越え、どう進化していくのか。
Victoria3 AAR/プレイレポート第22弾「フランス・レジティミスト」編最終回。
「正統なるフランス」の19世紀が間も無く終わりを迎える。
目次
Ver.1.7.5(Kahwah)
使用DLC
- Voice of the People
- Dawn of Wonder
- Colossus of the South
- Sphere of Influence
使用MOD
- JapaneseLanguageAdvancedMod
- Visual Leaders
- Universal Names
- Historical Figures
- Extra Topbar Info
- East Asian Namelist Improvement
- Adding Historical Rulers in 1836
- [1.7] Western Clothes: Redux
- Romantic Music
- Cities: Skylines
- ECCHI Redux
- Automate Trade
- Expanded Building Grid
- Sphere Emblems Plus
- GDP Ownership Display
前回はこちらから
改革
ジャン・デ・ブルボン、スペイン語名フアン・カルロス・デ・ボルボーンは、スペイン王フェルナンド7世の弟であるモリナ伯カルロスの次男として1822年に生を享けた。
父カルロスは、男子のいないフェルナンド7世の後を継ぎスペイン王となる予定であったが、そのフェルナンドが四番目の妃との間に儲けた娘イサベルを後継者とするべくサリカ法典を破棄。これを機に、スペイン王位を巡る半世紀近いスペインの内戦「カルリスタ戦争」が勃発することとなる。
父カルロスに続き、「王位」を継承した兄カルロス・ルイスも1861年に亡くなったことでフアンは新たに「フアン3世」としてスペイン王を名乗ることとなるが、亡命中にイギリス滞在の機会も多かった彼は自由主義的な思想を受け入れつつあり、そのことがカルリスタたちにとっては受け入れられないものとなっていた。
これを受け、フアンは1868年に長男カルロスに王位を譲り渡し、自らは再び愛するイギリスにてモンタギューという偽名を名乗りながらイギリス人女性と暮らす余生を送り始めていた。
一方、当時のフランスでは国王アンリ5世になかなか男子が生まれず、後継者問題に苦慮する事態が生じていた。まさかスペインのようにサリカ法典を破棄するわけにもいかず、当時のパトリス・マクマオン元帥を始めとしたフランス首脳部は、イギリスに亡命していたこのフアン、すなわちジャン・ド・ブルボンをアンリ5世の後継者とすることに決めた。
この方針を阻むのは1713年のユトレヒト条約で決められた、当時のスペイン王フェリペ5世(フランス王ルイ14世の子でスペイン・ブルボン朝初代国王)とその子孫たちのフランス王位継承権放棄の約定のみであったが、これもフアンがすでにスペイン王位を放棄していることを理由に強引に押し通す。そしてフアンはフランス王アンリ5世の後継者ジャン・デ・ブルボンとしてパリに招聘されることとなった。
当時、フアンの息子カルロスはカルリスタのスペイン王位継承者カルロス7世として第三次カルリスタ戦争を戦っていた。
きっかけは1868年のスペインの軍事クーデターで女王イサベル2世が退位させられ、首謀者のプリム将軍がイタリアから連れてきたアマデオ1世が1870年に即位したこと。これを受けてカルリスタたちはバスク人やカタルーニャ人といったスペイン各地の分離独立派を焚き付けて大規模反乱を起こしたのである。
このときスペインを追放されたイサベルとその息子のアルフォンソはフランスに亡命しており、マクマオン元帥はこのスペインの混乱に介入することを決めた。すなわち僭称者アマデオとプリム将軍の政権を打倒し、アルフォンソを真の王として即位させることでスペインに借りを作ること。
さらにカルリスタにも圧力をかけ、カルロスにスペイン王位継承権を放棄させること。
そうすることで、ジャンの後継者としてのカルロスもまた、ユトレヒト条約に違反することなく正当なフランス王位継承者となれるため、フランスがカルリスタを支援する理由は何一つ存在しなかったというわけだ。
かくして、新たにアルフォンソ12世が即位し、スペインはボルボン王政復古を果たす。そしてフランスとスペインとの間に深い結びつきが生まれることとなった。
そして1886年。ブルボン「新復古王政」を成立させたアンリ5世が崩御。
満を持して、スペインからやってきた新国王ジャン3世が即位することとなる。
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ジャン3世が即位した当時のフランス、そしてマクマオン元帥の後継者たるフェルナン・ド・モンモランシー=ラヴェル元帥の政権は、決して磐石な状態とは言い難かった。
モンモランシー元帥主導で進めていたイギリスとの戦争ではフランス本土への上陸を許し、最終的にはシャム王国の領土を大きく削られるという屈辱的敗北。
その上で莫大な戦費の支出は国民への税金という形で影響を与え、政権の正当性は着実に失われつつあった。
国民の不満はそのまま国内の急進的な活動家たちへの支持となり、その中心にいる左派政治家ジョルジュ・クレマンソーらを中心とした「愛国法」廃止キャンペーンが盛り上がりを見せつつあった。
マクマオンからモンモランシーに続く強硬保守派の象徴たる同法の廃止は、まさに政治的方向性の転換を意味しかねない。
これを抑え込むためにモンモランシーは警察権力を強化する法律を新たに制定。
しかしこれも民衆の強烈な反感を招くだけとなり、ニジェール植民地から労働力として連れてこられたマンデ人たちが暴動を起こすなど、混乱はいや増すばかりとなっていた。
この状況を、ジャン3世は静観するつもりはなかった。
これまで寡黙で意見を表明することも少ない国王と見られていた彼だが、前王アンリ5世よりもずっと、積極的に国政に介入する意思を見せ初めていたのである。
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重厚な木製の扉を開けると、外界の喧騒とは隔絶された静寂が広がっていた。部屋の中央には精巧な彫刻が施された大きな書斎机が置かれ、その上には古びた地図や書類が整然と並べられており、持ち主の几帳面さを感じさせた。
部屋の主はその机の向こうで豪奢な椅子に腰掛け、来訪者を認めると柔らかな笑みで迎え入れた。紛れもなく外国人ではあるものの、その表情はとてもフランス的で柔らかく、そして理知的であった。
「忙しいところ、悪いね。時間をもらってしまって」
「こちらこそ、陛下――お招き頂き、光栄の極みで御座います」
来訪者の名前はフェルディナン・エドゥアール・ビュイッソン。学問と共にカトリックの教えと価値を広く伝える重責を担う、フランス宗教・教育省の責任者たる男である。
「内密の話があると、伺いましたが」
「ああ」
部屋の主――フランス国王ジャン3世は頷きながら、対面の椅子をビュイッソンに勧める。
「この国は今、崩壊の危機に立たされている」
国王のその不吉な言葉を、ビュイッソンは頷きこそしないものの驚いた様子もなく静かに受け止めた。彼もまた、同じことを考えていたのだ。
「今や世界最大の経済大国となったこのフランスには世界各国から移民が押し寄せてきている」
「しかし同じフランス語を話し、ヨーロッパにルーツを持つ者だけをフランス人として認めるという排他的な『愛国法』の存在は、彼ら移民たちを経済的に苦しめ、そして社会不安を呼び起こしてもいる」
「フランスは今や激しい内部対立に見舞われている。これを放置していればやがてくるのは、100年前の悲劇の再来。イギリスではそれをすでに経験している。我々も同じ轍を踏むわけにはいかぬだろう」
「私も同意見です」ビュイッソンは本心からそう告げ、力強く頷いた。新国王は、スペインで生まれ、イギリスで過ごし、このフランスに来ている。今、価値観の対立で自壊の危機に晒されているフランスを救えるのは、この男しかいないのかもしれない。
ビュイッソンの言葉を聞き、国王は微笑んだ。
「君ならそう言ってくれると思っていた、ビュイッソン。君は敬虔なカトリックであると同時に、教義や権威に縛られない信仰のあり方を説いていることを私は知っている。そして君が国民の自由と融和をこそ志向していることも」
「だからこそ私は君を、宗教・教育省の長官に据えた。大司教からはえらく反発されたがね」
「光栄に御座います」
国王は頷き、壁の一部に視線を向けた。フランスの歴史を描いた絵画が並べられたその部分には、以前は最も目立つ位置に「太陽王」ルイ14世の肖像が掛けられていたと記憶していたが、今はまた別の王の肖像が掛けられていた。
「我々は偉大なフランス、栄光あるブルボンの王国であると私も信じている。しかしそれは、太陽王による侵略と征服によってのみ彩られたものでは決して、ない。フランス史上最大の国民対立を融和に導いた良王アンリこそ、我らがブルボン王国の始祖であり、私たちはその統治を復活させるべきだろう。
それを忘れたからこそ、我々ブルボンは一度滅んだ。今再びその危機に立たされている以上、もう一度これを蘇らせるための最後の戦いを果たさねばならぬ」
「承知致しました」ビュイッソンはその目を輝かせた。国王と信仰を愛しながらも、国の行く末には不安を抱き続けていた彼にとって、まさに天啓とも言える瞬間であった。「必ずや、このフランスを真に誇り高きブルボンの帝国とするべく、この身を尽くして参ります。
ーーモンジョワ・サンドニ!」
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国王ジャン3世は勅令を出し、まずは教育の改革を進める。児童労働を制限し、初等教育の義務化を進めたのである。
これには『海底二万海里』『八十日世界一周』などの児童文学・冒険小説の名作を生み出した大家ジュール・ヴェルヌも賛同し、国民の支持を集める一助となった。
労働力の減少という意味で実業家たちの反発はあったものの、「崇高なるカトリック教育の教えをより広く確実に展開し、反抗する勢力を未然に抑える」という目的を説明したことでモンモランシーら保守派の反発は殆どなく法案は無事通過。
しかし、国王の真の狙いはこの法律による宗教・教育相ビュイッソンの権限拡大であり、その後ろ楯でもあるカトリック教会の影響力の強化であった。
これらをもって絶対的な権力を獲得した教会の力を用いて、いよいよ国王とビュイッソンは「愛国法」の廃止へと動く。
◆
「ラ・シャルス侯爵。貴公の御力をお借りできること、頼もしく感じます」
「こちらこそ、長官殿。陛下の御力になれる機会を頂き、大変嬉しく思います」
ビュイッソンが差し出した手を、その男ーーフランソワ=ルネ・ド・ラ・トゥール・パンは力強く握り返す。
元軍人の彼は、代々続くフランス貴族の家系の出身で、直径の先祖の一人はルイ9世と十字軍を戦ったこともあるという。父から受け継いだノブレス・オブリージュの精神は、カトリックの信仰の下に貧しき人々に奉仕すべきという強烈な義務意識を育んだ。結果、彼はカトリック労働者サークル協会という組織を作り、階級間の融和と万民の幸福のための活動を主導していた。
「私たちの活動の目的はただ一つ。100年前の悲劇を再びこのフランス、ひいては欧州のどこかで繰り返してはならない、というものです」と、ラ・トゥール・パンが説明する。「すでにパリにも、ただフランス人ではないというだけで、同じ信仰を持ちながらも不当に差別され苦しんでいる労働者たちが多く滞在しています。彼らを放置すればやがて、パリは赤く燃える可能性さえあるでしょう」
「仰る通り、事態は急を要します。だからこそ侯爵、貴方方の協力は実に心強い」
「ええ。お任せください」ラ・トゥール・パンは自信満々に告げる。
「すでに軍部の大半は私たちに賛意を示してくれています。そして都市における改革の波は、もはや一部の貴族階級だけに留められるものではないでしょう」
「フランスは改革を成し遂げます。今度は穏当に、平和に。そして我々は真に誇りあるフランスを取り戻すのです!」
◆
1892年7月28日。
一部の保守派の根強い反発を押し除けて、ついに悪名高い「愛国法」の廃止が決まった。
すでに政権内での自分達の立場が失われていることに気がついたモンモランシー元帥は、自ら引退を表明。「平和主義者」の後任に道を譲ることに決めた。
しかし宮殿を立ち去るモンモランシーは最後に、新たな政治的中心人物となったビュイッソンに対し、捨て台詞を吐いていった。
「貴様らが時代に求められたのは確かだろう。だが、理想ばかりでは世界は動かぬ。間も無く来るであろう危機に如何なる対応が取れるか。偉大なるフランスを貴様らがしっかりと守り抜けることを、期待しているぞ――」
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政治の実権を手中に収めたビュイッソンは続けて、彼の理想とする改革を推し進めていった。
1893年には女性の権利を拡大する法律。
1894年にはそれまでの検閲制度を廃し、言論の自由を保障する法律を成立させ、国民は自由に政治的議論を行える環境を与えられるようになっていった。
さらには、モンモランシー政権の忘れ形見ともいうべき「秘密警察」を廃止し、国民が抑圧に怯えなくてもよい社会の成立を目指す。
この動きに対しては、権限の縮小を恐れる警察部隊による暴力的な妨害活動が行われたものの、国王はこれを機に腐敗した警察組織の「浄化」を指令。
腐敗警察の後ろ盾となっていた軍部の一部勢力による反発はあったものの、最終的には秘密警察の全面廃止が決定されることとなる。
ビュイッソンの改革は順調に進んでいた。
このままであれば、彼と国王が理想とする真に誇り高きブルボンの帝国は実現に至れるであろう――
しかし。
1896年3月20日。
国内改革を進めるフランス王国の眼前に、試練とも言うべき瞬間が訪れる。
すなわち、宿敵・イギリス共和国による、フランスの同盟国スペインに対する「宣戦布告」である。
最後の戦い
「状況を説明してくれ」
「は」
国王ジャン3世の言葉に、陸軍大臣のアンリ・ドルレアン元帥が応える。かつてブルボン家から王国を奪い取ったオルレアン家の一員なれど、先の大戦でもフランス国土防衛戦で活躍するなどその戦果と元王室への忠誠心を見せた彼は、今やモンモランシーに代わる軍部の責任者としてあらゆる派閥からの信頼を勝ち取っていた。
「予想される戦線は3つ。まずはイギリスが今回スペインから奪い取ろうとしているブトゥン、バンジャールなどが含まれている東インド戦線。イギリス支配からの独立を目指しスペイン側についたジョホール王国と英領シンガポールとの国境、スペインの保護国であるフィリピンとイギリスの保護国であるマギンダナオとの国境に陸上での戦線が形成されております。また、オランダから独立したジャワ共和国もイギリス側についているようで、戦力的にはスペイン側が劣勢の状況となっております」
「次にジブラルタルを巡る戦線となります。スペインはこの戦いを機にジブラルタルの奪還を狙っているようですが、イギリス側も逆にジブラルタル周辺の制圧を考えているようで、ここも熾烈な戦線となるでしょう」
「ここに我々がスペイン側について参戦した場合、アフリカの英仏植民地を巡るセネガル戦線が新たに形成されることでしょう」
「まさに世界を舞台とした対決となるわけだな」
「はい。現状、清国もスペイン側について参戦することを決めており、我々が参戦すれば総勢130万人規模の世界戦争となる恐れがございます」
「陛下、まだ猶予は残されております。最後の瞬間まで話し合いによる平和維持の可能性を諦めるべきではありません。ここで我々がエスカレーションしてしまえば、取り返しのつかない惨劇に繋がりかねません」
外交・通商大臣のフレデリック・パシーは深刻な表情で国王に進言する。自由貿易を基軸とした各国間協調を重視する彼は兼ねてより強い平和主義者であり、英国の経済学者や外交官たちとも親交を深め、諸列強参画の国際平和維持組織の創設を目指していただけに、今回のこの事態はあまりにも衝撃的なものだったようだ。
「パシー大臣のお気持ちは分かります。しかし、事態はすでに一線を超えており、猶予は実際にはありません。宥和に時間をかけている間に英国の海軍は東インドやジブラルタルに向かっており、我々が準備を怠り開戦に至れば、直ちにそれらの地域は制圧され、それこそ取り返しのつかない状況へと陥ります」
オルレアン元帥は抑制された様子で一同に告げる。パシーも、モンモランシー元帥の後継として評議会議長となったレオン・ド・ラ・マルティーヌも、そして現政権最大の発言力を持つビュイッソン長官もまたおそらくは対英宥和派であろうことから、オルレアン元帥は劣勢であった。しかし彼は、自らの政治生命を賭けてでもこの場で進言する責務があると感じていた。
「英国はーー少なくともその首脳部はーー我らの差し伸べた手を跳ね除けた。彼らは10年前の我々に対する勝利から勘違いをしているのだと思われます。ならば思い知らせねばなりません。確かにあの時敗戦はしたものの、致命的なものではなく、今なお世界最大の経済国であり大国であるということを」
「そして、我々はその立場であることの責任を果たし、暴走する好戦主義者たちを抑え込む必要があります。真の平和とは、その先に生まれ得ます。ただ傍観主義的に平和を唱えているだけでは、それは生まれ得ないのです!」
最後は語気強く言い放ったオルレアン元帥。パシーもマルティーヌも嫌悪感に満ちた表情でこれを受け止めていたが、一方で国王は無表情で、その視線の先をビュイッソンに向けていた。
オルレアン元帥もビュイッソンに視線を向ける。そのタイミングで、彼は口を開いた。
「私も元帥に同意見です」
パシーが驚きと共にビュイッソンを見やる。ビュイッソンは涼し気な表情で続ける。
「ここでスペインを見殺しにすれば、我々の政権はその弱腰を国内からも大きく批判されることになるでしょう。そうなれば待っているのは、再度の分裂。
我々は誰よりも強く、誰よりも気高く、そして誰よりも慈愛に満ちた国とならねばならぬ。それは難しいからこそ、我々だけが果たせる道であります。
太陽王、そして良王、その全ての末裔としての、我らが陛下たるべく、この戦い、決して逃げてはなりませぬ。
我々は戦い、そして勝ち、その上で英国に再び手を差し伸べるべきです。我々の長きにわたる戦いの終わりは、我々の勝利の先にこそ、あります」
ビュイッソンの言葉に、パシーもマルティーヌも何も言えず、押し黙った。それを見て国王ジャン3世も頷いた。
「此度の戦い、我々はスペインに味方し、参戦することとする」
国王はオルレアン元帥に視線を向ける。
「これは決して簡単な戦いではない。世界のあらゆる戦線で勝利し、そして国土を守護する必要もある。さらにはこれを長期化させ、国民生活を犠牲にするわけにもいかない。
無茶なお願いばかりとなって申し訳ないが、貴殿を信頼している」
「はーー勿体なきお言葉」元帥は平伏する。「必ずや成し遂げて見せましょう。私もまた、ブルボンに連なる家の一員という自負はあります。この王国の行く末を輝かしきものとすべく、私はこの人生を賭けてこの戦いを勝利に導きましょう。
ブルボンに栄光を、フランスに栄光を。ーーモンジョワ・サンドニ!」
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かくして、1896年3月22日、フランスは参戦を決める。
1856年のフィンランド戦争から続く、後世において「第3次英仏百年戦争」と称される戦いの、最終局面となる「英西戦争」がついに幕を開けることとなった。
1896年7月23日。
開戦と同時にフランス軍は世界各地の戦線で同時に攻撃を開始。
まずは東インド戦線に派遣された第3軍団のジェルマン・ド・カンバセレス中将率いる3万の兵が、英領シンガポールを守る英国軍1万2千を圧倒。
続いてアフリカ戦線の英領セネガル国境では精鋭アフリカ軍団を率いるモーリス・ド・ゲラン大将とフェルディナン・フォッシュ少将が各戦線で勝利を重ねていく。
ミンダナオ島ではフィリピン軍がジャワ共和国軍を率いるオランダ人将校デイヴィド・フォン・オラニエ=ナッサウ准将の部隊を押し込み――
ジブラルタルではフランス軍の最新鋭兵器を借りたスペイン軍が怒涛の勢いで領地奪還に挑む。
海戦においてもフランスの強さは圧倒的。ジブラルタルに迫るイギリス艦隊をセバスティアン・レスぺ提督率いる地中海艦隊が撃滅。
さらにはイギリス海峡でも無数の艦船を並べ、各地に送り込まれようとする補給船を次々に拿捕・破壊し、また10年前のような上陸戦を仕掛けられないように目を光らせていた。
10月20日には英領シンガポール陥落。
11月26日にはジブラルタル要塞も陥落。
そしてアフリカの英領セネガルも順調にフランスの支配圏を広げており、状況は圧倒的に優勢、に思えていた。
しかし――。
「――英艦隊の姿が明らかに少ないと?」
報告を受け、オルレアン元帥は訝し気な表情を見せる。
「ええ。北方艦隊を率いるナシェ中将の報告によると、イギリス海峡とその周辺に姿を見せる英艦隊は10年前の戦いと比べても3分の1、もしくはそれ以下でしかなく、北方艦隊による襲撃に際しても、これを妨害する船は殆ど見当たらないとのことです」
「しかし・・・レスぺ提督から送られてくる報告を見る限り、その分の敵艦隊が地中海方面に現れている様子もない。かと言ってニジェール沖に英軍の大艦隊が現れたとの報告も――だと、したら・・・」
ノックの音。連絡将校が青褪めた表情で会議室に飛び込んできて、慌てた様子で報せを告げる。
「ーー紅海に敵艦隊の姿を確認・・・スエズ運河への上陸を企図しておりますッ!」
フランス領スエズ。
30年以上前にフランスの保護国となったエジプトから買い付けたこの土地に、フランスは長大な運河を建造。フランスとその同盟国が支配する地中海から、フランス保護国ペルシアの支配するペルシア湾へと続く安全で短いルートの建設に成功していた。
これはすなわち欧州から東インドに至るまでの制海権をフランスとその同盟国が完全に掌握することを意味していた。
しかし、今回、英海軍はそれらを掻い潜り、突如として紅海にその姿を現した。どのようにしてーー?
「ーーパナマ運河か」
イギリス最大の同盟国アメリカ合衆国が、中央アメリカの地に大運河を建造中という情報は耳に入っていた。しかしいつの間に、完成させていたとは。
「――すでに東方・太平洋を渡りイギリスの大艦隊が東インド海域に攻めよせており、中国南部やセレベス島、ボルネオ島など各地に上陸戦が仕掛けられている模様です」
「くそ――序盤の快進撃でシンガポールやミンダナオ島を落とした東方遠征軍はすでにアフリカ戦線への支援のために戻している。すぐにこれに対応するにしても時間がかかるだろう。裏をかかれたか」
「同地にはオーギュスタン・ブエ・ド・ラペレー提督率いる東方艦隊が駐留しております。彼らにできる限りの対応を期待するほかありませんが・・・いずれにせよ、まずはスエズに迫る敵艦隊を撃退しなくては、その東方との連絡も敵いません」
「ああ――レスぺ提督の地中海艦隊をすぐに向かわせろ。フランスの大動脈を、敵に奪わせるわけにはいかぬ」
そして1896年12月24日。
紅海を舞台にした、フランス地中海艦隊対英国第13艦隊による「紅海海戦」が幕を開ける。
戦いは双方が互いに艦船を出しては退き、補給の末にさらに激突するという一進一退の攻防を20日間以上に渡り繰り返したものの、最終的には艦船数で上回るフランス海軍が勝利し、スエズの平和を護りきることに成功した。
しかし一方で、フィリピン本土を含む東インド海域は英国軍による上陸に次々と晒され、中国南部にも英海軍の大船団が襲い掛かりつつあった。
かくなる上はーー。
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「陛下、我々第一軍が動くこと、お許し下さい」
国王の御前会議で、オルレアン元帥は進言する。
「英国が捨て身の思いで艦隊主力を東方に差し向けている今が、千載一遇の好機です」
「ある意味、東方の同盟国を見捨てるというわけだな」
国王ジャン3世は表情を歪めながら告げる。進言の内容故だけではない。ここ最近、少しずつ体力の限界を迎えつつあったことを、閣僚たちも気がついていた。
「そうならぬためにーー一気に押し込み、先に英国を降伏させてみせます。
たとえ今、東方に我々の全艦隊を送り込んだとしても、戦力は拮抗し、戦役の長期化は避けられません。そうなれば、間違いなく国民の生活にも悪影響は出てくるでしょう。
ここで短期決戦に持ち込み、そして英国人たちに、これ以上の敵対は無意味であるということ、この戦争が、この戦争を推進しようとする政府がいかに愚かであるかということを、思い知らせる必要があります」
元帥はじっと国王の双眸を見つめ、一言一言の言葉に重みを込めて告げる。国王はしばし沈黙したのちに、
「ーーかの地は私も世話になった。どうか、できる限り民間人の犠牲は少なくなるよう、取り計らってくれ」
「ーー御意に」
元帥は頷く。
そして閣僚たちに向け、告げる。
「それでは、オペラシオン・リオン・ド・メールを開始する。フランス本土に残る第一軍、そしてジブラルタル戦線へと派遣していた第二軍及び北方艦隊・地中海艦隊をすべて英仏海峡へと移動させよ」
英国との因縁の戦いの、最終決戦が幕を開ける。
「目標は英国本土。全軍上陸し、これを制圧せよ!」
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1897年5月28日。
前日にカレーの港を出航した北方艦隊は夜明け前にロンドン南部ヘースティングズ沖に接近。霧が立ち込める中、兵士たちは小舟に乗り込み、静かに上陸を開始した。
ロンドンを護る役目を担っていたイギリス第106軍イザムバード・コートニー准将に迫るのは、アンリ・ドルレアン元帥自ら率いる19万もの大軍。
強行軍とも言うべきその上陸作戦は激しい抵抗のもとで多大な犠牲を産みつつも勝利。
合わせてイギリス南部の各地――ポーツマス、オックスフォード、ピーターバラ――で同自多発的に上陸作戦を敢行し、敵本土防衛部隊を混乱に陥れる。
慌てて迎撃にきた英国艦隊はレスぺ提督を中心とした精鋭のフランス艦隊によって海の藻屑へと変えていく。
そして8月にはロンドンを含むイギリス南部の大部分に橋頭保を作ることに成功した。
首都を脅かされたイギリス国民たちは一気に厭戦機運へと傾いていき、最終的に双方170万弱の兵士が参加し、合計90万以上の死者を生み出した地獄の戦争は急速に終幕へと進みつつあった。
そして1897年8月27日。
ヴェルサイユ宮殿で結ばれた条約によって、スペインがブトゥンのイギリスへの譲渡を認める代わりに、イギリスはマギンダナオ王国の独立を認め、ジブラルタルをスペインに返却し、セネガル植民地をフランスに割譲、さらにはオランダもスペインの保護国とすることを定めることとなった。
かくして、戦争は終わった。
そして、イギリスとの3度にわたる激しい「第3次英仏百年戦争」も、ついに終わりを迎えようとしていた。
戦後、無謀な戦いに身を投じ本土上陸という屈辱を味わわせられることとなったイギリス国民は再び大規模な内乱を発生させる。
その末に出来上がった「イギリス帝国」は、実業家出身の「皇帝」フィリップ・モーハムを君主に据えた寡頭政治体制として成立。
外務大臣を務めるジョージ・ウィンフィールド=ベイカーは「平和主義者」であり、フランス側の外務大臣フレデリック・パシーと意気投合し、両国はこれまでにない友好関係を築き始めていったのである。
いよいよ、フランスに平和が訪れる。
そしてビュイッソンもまた、その改革の最終段階に着手する。
誇り高きブルボンの帝国へ
1898年2月2日。
まるで戦争の終結を待っていたかのようなタイミングで、フランスを新たな段階へと進めた偉大なるジャン3世は永遠の眠りについた。
すでに彼の嫡男であったシャルル(カルロス)は先に亡くなっており、後を継いだのはその子にあたるジャン4世。
生まれた瞬間からフランス王国の神権教育に浸されていた彼はビュイッソンら教会勢力の強力な後ろ盾となり、今や政権は彼らによって独占される状況となっていた。
そしてビュイッソンは最後の改革に着手する。
それは、彼やラ・トゥール・パンが抱いていた理想ーーカトリックの信仰の下に、あらゆる民族も階級も差別されることなく、幸福に生きる社会の実現。
そのための第一歩として、彼は民族や話す言語に基づくあらゆる差別を禁止する「万民のための法」の制定である。
これまでに存在したことのないこの法律の実現は、予想もつかないあらゆる混乱を引き起こしかねないとして、保守主義者たちはもちろん、進歩的であるはずの共和主義者たちからさえも激しい反発を引き起こした。
普通選挙制定に向けた運動を熱心に行っていたポール・コーヴィンでさえもその「万民のための法」反対運動の先頭に立ち、審議に参加しようとする閣僚たちへのボイコットを呼びかけた。
が、賛同者は大して現れず、ボイコットの呼びかけは失敗。ビュイッソンは逆に彼らの「偏屈さ」をマスコミを通じて喧伝するなど、自身にとって有利な方向へと状況をコントロールしていった。
さらに、同じく普通選挙運動を展開していた急進派エミール・デュルケームも、最初はこの「万民のための法」に反対ではあった。
しかし進歩派の中でも特に影響力を持つ彼を、ビュイッソンは自ら評議会の場に招き、そこで彼はデュルケームと夜通しで議論し合ったという。
結果、デュルケームはビュイッソンの理想とその目指す先の意義について十分に理解し、議会に朝が訪れた頃には「万民のための法」を逆に支持する立場にさえなっていた。
審議は順調に進んでいく。
反対勢力もほとんど支持を得ることなく縮小していく。
そして、ついに。
1900年2月17日。
ビュイッソンの理想の極地、カトリックの信仰の下の万民の平等を実現する「万民のための法」が制定された。
これで、巨大なフランス帝国の実に8割近くの臣民が、差別されることなく対等に日々を過ごせる社会が実現した。
フランス語を話せなくても良い。肌の色を気にする必要もない。ただ教会の教えを理解し、そしてブルボンの王権を愛することさえできれば、誰もが「フランス人」として認められることになるのだ。
そしてもちろん、その根本となる神と王権に関する教えは、ビュイッソンが管轄する教育省が中心となって植民地を含む帝国全土へと広げていく。
この国は、このブルボンの帝国は、この取り組みの中で永遠の繁栄を約束されることだろう。
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フランス・パリ郊外、とある修道院。
窓に嵌め込まれたステンドグラスからは柔らかな光が差し込み、石造りの床に反射してきらきらと光り輝いていた。
部屋の中央には長い木製のテーブルが置かれ、備え付けられた軋む椅子には二人の男性が腰掛けていた。互いに手元に置かれた古い書物に手を置きながら、実に打ち解けた様子で語り合っていた。
「――正直なところ、私は神の存在を信じているわけではない」
男の一人、エミール・デュルケームは優しく微笑みながら告げる。
「それは貴方に対する重大な裏切りとなるだろうか?」
デュルケームは対面に座るもう一人の男ーーフランス王国評議会議長フェルナン・エドゥアール・ビュイッソンに水を向けた。
「いえ」とビュイッソンは静かに答える。その表情は柔らかく、慈愛に満ちていた。「実証主義者たちの言うことも、社会学者が考えるところの神の機能的な役割も、私は十分に理解しています。それは、神の導きによる、より適切な社会の構築に有用なものですからね」
「貴方も有用だと考えているからこそ、信じてもいない神を信じ、王権を奉じる我々と道を同じくしようと考えているのでしょう?」
「その通りだ」デュルケームは微笑みながら頷く。「人びとが道徳的に、平和に社会秩序を形成する上で、神の存在以上に役立つものをまだ我々は見つけられていない。残念ながらね」
「とは言え、神を『使う』ことも万能ではない。むしろ多くの場合において、逆に人びとを残忍で暴虐な悪しきものへと変えさせたことは歴史が証明しています。
かつて、ブルボンの王たちは王権がただ無条件に与えられるものと勘違いした末に、国民に対し浅薄な振る舞いを為し、それが故に手痛い反撃を被りました。
しかし、その後に現出した神なき政権もまた、残虐極まりないものであり、その混乱の瓦礫の中から人びとが造り出したナポレオンという、神の如き役割を担わんとする神ならざる者ーーある人はそれを英雄と呼びますがーーもまた、最後には大きな犠牲と災厄を産み出して瓦解しました。
ゆえに今、我々が為すべきそとは、真に人々に尊敬され、愛される望ましき神を『造る』ことです。不断の努力によりその神を維持し、確かな道徳の下によりよい社会秩序を創り出すことです。今回の万民法はその第一段階と言えるでしょう」
「神を造るか。貴方も随分と現実的な男ですな」
「少しばかりあなたがたの趣味に寄り添った言い方ではありますがね」
ふう、とデュルケームはため息を吐く。
「そうなると我々が望んできた普通選挙制度の導入は認めてもらいそうにないな」
「少なくとも、すぐには、難しいでしょう。より確かな道徳と信仰が確かに帝国内に広がるまでは。
ですがあなたがたが別に求めている労働者の権利については積極的に進めていきましょう。我々にとっても、階級の区別なく平等に人びとが暮らせる環境は確実に実現していきたいと思っています」
「まあいいだろう」言いながら、デュルケームは立ち上がった。「私たちも、余計な対立を生むべきではないと思っている。今は貴方の考えに沿って理想の社会を創り、その末に主権を神から人に明け渡してもらえる未来を目指していこう」
デュルケームは天井を見上げた。通常の修道院よりも遥かに高いその天井にはステンドグラスから入り込んだ柔らかな光が満ちており、人の手によるものながら、神の手によるものであるかのような荘厳さを感じさせるものであった。
これが天才による作品だというならば、今しばらくは、これを堪能してみるのも良いだろう――。
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かくして、フランスは新たな価値と共に20世紀を歩み始める。
その先にあるのは、歴史の断罪か、それとも未だ果たされ得ぬ理想の実現か。
少なくともビュイッソンとその後継者たちは、その困難たる道を勇気を持って突き進むことを決断した。
誇り高きブルボンの帝国。
その、実現に向けて――。
Fin.
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