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【CK3】裏切り者の一族 第一話 偉大なるミカエル・前編(1178-1196)

 

1071年8月26日。

アナトリア東部のマラズギルト(マンジケルト)にて、ビザンツ帝国とセルジューク朝との戦いが繰り広げられた*1

セルジューク朝軍3万、ビザンツ帝国軍7万で繰り広げられたこの戦いは、結果的にセルジューク朝軍トルコ人の圧勝に終わり、皇帝ロマノス4世が捕虜になるなど、ビザンツ帝国は惨敗を喫することとなった。

この戦いを機に、アナトリア半島のトルコ化、そしてビザンツ帝国の衰退は決定的となり、やがて400年後に訪れる帝国の崩壊の予兆となったのである。

 

そして、この戦いの勝敗を決する要因の1つとなったのが、とある将軍の「裏切り」であった。

キリキア公イヨセフォス・タルカネイオテス。皇帝ロマノスの信頼する将軍であった彼は、帝国軍の重要な一部を借り受けて、皇帝軍とは一時的に別行動を取り、やがて再び合流するはずであった。

しかし、彼は戻らなかった。そして皇帝は、半身を失った状態でトルコ人らと対面し、そして敗北した。

 

タルカネイオテスに何があったのか。その確かなことは知られていない。イスラーム勢力の伝えるところによると、先回りしていたアルプ・アルスラーンの軍勢によって壊滅させられたという。しかしキリスト教勢力の記録には、そのような先行した戦いが行われた記録はない。

ギリシャ人史家ミカエル・アタラレイアテスは、ローマ軍の評判を考えればありそうにないことだが、と前置きしつつ次のように語った。「タルカネイオテスとその軍勢は、トルコ人たちの威容を目にし、恐怖と共に逃げ出したのかもしれない」と。

 

それが真実かどうかは分からない。その後もイヨセフォスの息子のカタカロンは帝国の有能な将軍として活躍し、13世紀後半にはニケフォロス・タルカネイオテスミカエル・ドゥーカス・グラバス・タルカネイオテスなど、歴史に名を遺す著名な人物を輩出し、ビザンツ帝国の有力貴族であり続けた。

しかし12世紀後半の時点では確かに彼らはかつての栄光を一度失い、没落しかけていた。その史実の背景にはもしかしたら、かの「裏切り」の影響が少なからずあったのかもしれない。

 

今回は、そんな謎多き一族の隠された歴史を「変奏」してみたいと思う。有り得たかもしれない、ビザンツ貴族の片隅の、閉ざされた歴史の先を。

そして史実とは異なる、彼らの「復活」に至るまでの道筋を――。

 

新DLC「Roads to Power」を用いた新たなるビザンツ貴族歴史譚。

只今より、開帳。

 

目次

 

Ver.1.14.02(Traverse)

使用DLC

  • The Northern Lords
  • The Royal Court
  • The Fate of Iberia
  • Firends and Foes
  • Tours and Tournaments
  • Wards and Wardens
  • Legacy of Perisia
  • Legends of the Dead
  • Roads to Power
  • Wandering Nobles

使用MOD

 

第二話以降はこちらから

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マヌエル1世コムネノスの代

新DLC「Roads to Power」で追加された新ブックマークである1178年10月1日時点のタルカネイオテス家の家長はミカエル2世。一年前に父ヨハネスを亡くし、家長の座を継いだばかりのわずか25歳である。

タルカネイオテス家の存命者は、このゲーム中ではまだ彼と彼の娘のわずか2名。

貴族としての家格も下から数えて6番目と、今にも消えてなくなりそうな下級貴族である。

特に問題なのが、彼らがまだ土地を持たぬ「無職貴族」であること。

有力貴族として台頭し、家の復活を成し遂げるためには何よりもまず土地しごとが必要である。

 

そこで早速、現時点で後継者のいない軍管区を探し出す。

結果、デュラキオン、ヴィディン、ブルガリア、キプロスの4つの軍管区が現時点で「後継者の存在しない軍管区」であることを確認。

そのうちキプロスの軍管区長官アンドロニコスはすでに60歳と先が長くないうえ、子どもは軍管区長官になれない11歳の幼な子がただ一人。

このアンドロニコスが属するスュナデノス家はタルカネイオテス家よりも家格が低い弱小貴族のため、邪魔立てされることもなさそうだ。

早速影響力100を支払って次期筆頭候補に自らを推薦。

1年後の1179年8月22日。早くもアンドロニコスは亡くなり、予定通りミカエルはキプロス軍管区長官としてデビューすることになったのである。

 

このキプロスを橋頭堡に、「裏切者の一族」は挽回劇を開始していくことになる。

 

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1180年8月。

東ローマ帝国帝都コンスタンティノープル。

玉座に座る皇帝マヌエルの目の前には、キプロス軍管区長官のミカエル・タルカネイオテスの姿があった。

「先達ては我がキプロス軍管区長官への登用について、取り計らい頂き真にありがとうございます」

「うむ。すでにいくつもの政務をこなし、評判が良いと伝え聞いておる。引き続き、帝国の為に尽力してみせよ」

「は。我らがタルカネイオテスの名において、これまでもこれからも、永遠に皇帝の力になることを誓いましょう」

ミカエルの言葉に、皇帝はすっかり気を良くし、彼に大金を手渡すと共に、タルカネイオテスの名を誇り高きものであると宣言した。

しかし、皇帝付きの官僚たちは皆、ひそひそと顔を近づかせ囁き合う。

「タルカネイオテス、かつて皇帝を裏切り、今に続くアナトリアの喪失を招いた裏切者の一族・・・今もこうして、平気な顔をして皇帝に忠誠を誓っているが、その心の底は決して知れぬぞ」

「ああ。それに俺はあのミカエルという男のことを知っている。奴は平気で嘘をつく男だ。奴の口から出てくる言葉は皆、真実とは程遠い薄汚れたものだ」

 

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コンスタンティノープル近郊に位置するタルカネイオテス家の荘園に戻ったミカエルを、一人の男が出迎える。

「お帰りなさいませ、ミカエル様。そのご様子ですと、首尾よくいったようですね」

男の中はヨシ。ミカエルに仕える医師兼家令のサマリア人である。かつて、このコンスタンティノープル周辺に肺炎が流行した際、病に倒れたミカエルの妻アントゥサを見事救ったことで、彼の信頼を勝ち取った男である。

「ああ。皇帝は満足し、大金を与えてくれた。さすが、太っ腹と噂されるだけあるな」

「これだけの資金があれば、荘園の改良も進んでいきますね。搾油場や葡萄園など、まずは基礎的な税収を増やすことのできる施設の増築を進めていきましょう」

言うが早いか、使用人たちにてきぱきと指示を出していくヨシ。軍管区を得たとはいえまだまだ規模の小さいタルカネイオテス家がそれなりに問題なく運営できているのも、この有能な男の存在ゆえであった。

そして、同時に彼はこのコンスタンティノープルで数多くの情報を集め、ミカエルに伝える役目も担っていた。

「とはいえ、皇帝陛下もそう余裕ぶっている状況でもないかとは思います」

「ああ、聞いたよ。北方からブルガリア人が攻めてきているようだな」

ミカエルの言葉に、ヨシは頷く。

「帝国との国境付近で名を馳せていた山の男たちなる集団を率いるブルガリア人のトドル。彼が帝国北部のモエシアの地を狙って侵略を開始しているとのこと」

「どうやら彼らは、さらに北方のロシア人たちの力を借りているようで、現状では現地の守備兵も後退し、モエシア軍管区首都のタルノフグラードにまで彼らの侵攻を許してしまっているようです」

「ふむ・・・帝国軍は劣勢なのか?」

「現状では。しかし、すでに皇帝陛下が同盟を結んでいるヌビア人のアロディア大族長の軍が近づいてきているとのことで、これが合流すれば何とか撃退できる兵が揃うこととなるでしょう」

なるほど、とミカエルは納得して頷く。それを見てヨシが尋ねる。

「皇帝陛下に忠誠を誓われておられるミカエル様はお助けに行かなくても?」

「そうしたいのは山々だがな」とミカエルは苦笑する。「まだまだ我々は弱小ゆえ、何の助けにもならぬ。今は少しずつその勢力を拡大し、いつか助けられる存在になることを目指すよ」

「そうですね」とヨシも微笑を浮かべて続ける。「その意味で、まずはキプロスにも近いアナトリアの情勢を確認しましょう。

 キリキア平原を支配するアルメニア人たちの王国に対し、キビュライオタイ軍管区長官と、テッサロニカ軍管区長官の軍とが共同し、軍を派遣しております」

「すでに昨年9月のセレウキアの戦いで彼らはアルメニア人たちに勝利し、彼らの王であるルーベン3世を戦死させるなど、帝国軍勢力が優勢となっております」

「帝国北方でブルガリア人たちの襲撃を受けている中というのに、呑気なことだ」

「そうですね、しかし、かのマラズギルトの戦いの後、帝国の影響力が低下したこの地はカフカース地方から逃れてきた彼らアルメニア人たちの支配下に置かれてきました。

 十字軍勢力と連携しその独立を維持してきた彼らは帝国にとっても厄介な存在。これを駆逐することは、この地域を支配する軍管区長官たちにとっても重要な政治的パフォーマンスと言えるでしょう。北方の蛮族を撃退するよりも、おそらくはずっと」

「まあ、そうだな・・・」

ヨシの言葉の一部にミカエルがちくりと胸を痛めたことに気づかず、ヨシは続ける。

「特にキュビライオタイ軍管区長官のイサキオス様は、現皇帝マヌエル様の御嫡男アレクシオス様が崩御した現在、次期皇帝候補の最右翼となっている人物」

「その意味でも、この戦いでの勝利は、彼が確実に皇帝の座を得るための重要なピースとなるのでしょう」

「なるほどな」と、ミカエルは瞳の色を鋭くする。「正統なる後継者たる嫡男が喪われた今、次期皇帝の座を巡る争いが熾烈になっているというわけだ。

 ーー我らが付け入る隙も、十分にありそうだな」

「ええ」ヨシも頷く。「イサキオス様は現皇帝と同じコムネノス家ではあるものの、直系の子ではなく姪御の子にあたり、後継者としての正統性は絶対的なものではありません」

「事実、これに目をつけて、帝位継承権を主張しているのが、現皇帝の甥にあたるコントステファノス家のクレタ軍管区長官アレクシオス様です」

アレクシオスはマヌエル1世コムネノスの姉アンナと、パンヒュペルセバストスの称号も得ていた有力貴族ステファノスとの間の子として産まれた。

 

「アレクシオス様自体はそこまで野心的というわけではなく、どちらかというと朴訥で善良な人柄ではありますが、その弟君であられるアテネ軍管区長官のアンドロニコス様が積極的にアレクシオス様の推戴に力を注いでいるようです」

「ーーよし」ミカエルは意を決めて立ち上がる。「ここにタルカネイオテス家の躍進の鍵があると見える。

 すぐにクレタへと向かうぞ」

ミカエルの言葉にヨシも同意し、二人はキプロスに戻る前に真っ直ぐと地中海に浮かぶ島クレタへと向かった。

 

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1181年冬。

モエシア軍管区首都タルノフグラードを包囲していたブルガリア人とロシア人たちの軍勢に、ヌビア人たちの力を借りた皇帝軍1万6千が襲いかかる。

数ヶ月に渡り続いたこの「タルノフグラードの戦い」の勝利の報せは、帝都コンスタンティノープルの皇帝マヌエルを狂喜させ、帝国軍を率いていた将軍たちに臨時賞与を支払うとまで口走らせ財務官僚たちを慌てふためかせるほどであった。

しかし、その喜びようがゆえに彼の老体に最後の鞭を打つことになったのか、あるいはブルガリア人たちの侵略以降張り詰めていた緊張の糸が途切れたがゆえだったのか、皇帝マヌエルは突如として病に倒れ、急速に衰えた末に春の到来と共に崩御することとなった。

後継者争いはコムネノス家のイサキオスとコントステファノス家のアレクシオスの熾烈な争いを繰り広げていたが、最後の一押しをキプロス軍管区長官のミカエル・タルカネイオテスが加えたことで、一気に形成は逆転。

喚呼と共に新皇帝アレクシオスはコンスタンティノープルに招き入れられ、ここに新王朝コントステファノス朝が幕を開けた。

そして、「裏切り者の一族」ミカエル・タルカネイオテスは、この新王朝における自らの立場の拡大を思い、一人ほくそ笑んでいたのである。

 

 

アレクシオス2世の代

1181年夏。

新皇帝の即位に伴い、謁見し引き続きキプロスの総督任命の確認を行うため、ミカエルはコンスタンティノープルを訪れていた。

「ーーよくぞ参られた、ミカエル。此度の我が皇帝就任、貴公の助力あってのものであることは十分に理解しておるぞ」

「勿体無きお言葉。私はただ、真にこの帝国の皇帝に相応しきお方に忠誠を誓うだけで御座います。

 しかし陛下、まだ私には他にも陛下に貢献できる方法があるように思えます」

「ーー分かっておる。貴公の働きに対する、相応の報いが必要なことはな」

「これで貴公のタルカネイオテス家も、帝国の有力な一門の座を取り戻すことができそうだな」

評議会入りは有力な一門になるための家格を得る重要な要素の一つである。

 

「はーー」ミカエルは恭しく頭を下げながら応える。「真にその名誉に浴するためには、我が家名に刻まれし雪辱を、それが故に喪われたアナトリアの地を奪還するという形で、晴らす必要があると痛感しております」

ミカエル・タルカネイオテスは、珍しく本心からの言葉をその口元から紡ぎ出していた。

 

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「ーーで、状況は?」

1181年秋。キプロスに戻ったミカエルは、早速留守を任せていたヨシに近況報告を依頼する。

「はい。まずは、クレタ軍管区長官アレクシオス様の皇帝即位に伴い、空席となったクレタ総督の地位に、先の侵略を率いていたブルガリア人のトドルが任命されました」

「ほう。面白いことをするな、新皇帝は」

「皇帝陛下自らのお考えか、あるいはその参謀として働いている弟君のアテネ軍管区長官アンドロニコス様のお考えかは分かりませんが、不穏分子を自らの掌中に引き込む手は間違いなく有効と言えるでしょう。彼らを背後から操っていたロシア人たちに対する牽制にもなります。

 ともあれ、このブルガリア人たちは新たにアセン家としてビザンツ貴族の仲間入りを果たすこととなりました」

「そのトドル・アセンから婚約の提案が来ております。彼の弟のイヴァン・アセンとミカエル様の御息女たるマリカ様との縁談の申し出ですね」

「ふむ・・・一度は帝国に牙を向けた一族との同盟はリスクもあるが、一方でその軍事力は魅力的ではあるな。

 良いだろう。今後に向けた計画においては、後者の価値がより勝る。これを承諾せよ」

「は」

ヨシは配下の官僚たちへの指示を速やかに書き留め、使用人に手渡す。続いて机上に地図を広げ、次の話題を始める。

「イタリア半島を中心に、『終末的』な疫病である牛痘が広がりを見せています」

「この疫病を原因として、エジプトを支配するイスラーム王朝、アイユーブ朝の君主サラーフ・アッ=ディーンがあえなく天に召されたとのこと」

「恐ろしいな。キプロスの港を皆、閉じよ。特にイタリア方面からの船はその一才を港に近づけることさえ許すな」

「ええ。すでにそのように指示を出しております。多少の経済の痛みは飲み込んででも、対策は徹底しなければなりません」

深刻な顔で告げたヨシだったが、やがてその表情が柔らかくなる。

「最後に、良い報せを。コンスタンティノープルにおられます奥方のアントゥサ様が、待望の男子をお産みになられました」

「ーーそうか」ミカエルもまたその表情を綻ばせる。「それはでかした。妻に贈り物と祝福の遣いを送るのだ」

承知しました、とヨシは頷く。続けて彼は口を開いた。

「良い報せはもう1つあります。大陸側に位置し、キリキアにも隣接するアンティオキア公国。十字軍国家の一つであるこの国ですが、兼ねてからのイスラーム勢力との争いに敗北し、その勢力を弱体化させております」

「成る程」ミカエルは笑う。「アナトリアの異教徒たちを排除するためにも、大陸側への橋頭堡は必要だ。これはその最大の好機と言えるな。

 ――疫病の広がりが抑制されたのを見届けたのちに、全軍アンティオキアへと進軍せよ!」

 

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1182年春。

疫病が落ち着きを見せたことを確認したキプロス軍管区軍は、首都ニコシアから兵を発し、海を渡りアレクサンドレッタへと上陸した。

キプロス軍管区は「海軍行政」を採用している。これは乗船コストを半額に資、海軍の移動速度を速め、さらには沿岸部戦闘ボーナスに「上陸直後の戦闘における優位性ペナルティをなくす」という実に魅力的な効果を多数持っており、島国キプロスにとってはとても有用で強力である(なお、ここでいう封臣とは皇帝から見た封臣のため、軍管区長官や総督のことを指す)。

 

キプロス軍単体では包囲を行えるほどの兵がいないため、同盟国が海を渡ってやってくるのを待っていたのだが、その間に撃退のために近づいてきたアンティオキア軍を返り討ちに。

敵方の首領、アンティオキア公ボエモンを捕虜にしたことで彼らは降伏し、ミカエルは大陸側に初めての所領を得ることに成功した。

だが、隣接するキリキアの地では、情勢の新たな変化が巻き起こっていた。

 

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「トルコ人たちの動きが活発化しているようだな」

「ええ。キリキア公は彼らに敗れ、その土地はスルタンの三男トゥグルールによって支配される結果となりました」

「とは言え彼らも盤石ではありません。スルタンのキリジ・アルスラーン2世はこの地で蔓延していたチフスによって没し、その嫡男でスルタン位を継承したメリクもまた同様に病に倒れているとのこと」

「そして元々キリキアを攻撃していたコムネノス家のイサキオス、カミュヅェス家のコンスタンティノスのみならず、オプキシオン軍管区長官を務めるドゥーカス家の《隻眼のセバスティアノス》もまた、このルーム・セルジューク朝に対して侵攻を開始」

「アナトリア半島の覇権を巡る争いは、今急激に勢いを増している様子です」

「成る程な」ミカエルは腕を組み思案する。「あの敗北から百年。いよいよ我々ギリシャ人たちの復讐の時が来たというべきだが、それを他の家に奪われてしまっては意味がない。

 我らも動くぞ。トルコ人から、ギリシャの土地を取り戻すのだ!」

 

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1183年11月19日。ルーム・セルジューク朝スルタンのメリク・キリジ・アルスラーングルが早くも病没。その帝位は一度彼の娘のサムル(4歳)が継承するも、その摂政についていた叔父のトゥグルールが一族の同意を得て帝位を簒奪。

だがこのゴタゴタで弱体化したルーム・セルジューク朝は、キビュライオタイ軍管区長官イサキオスに敗北しセレウキアの地を奪われるなど、かっての隆盛は衰退を迎え始めていた。

これを受け、キプロス軍管区長官ミカエル・タルカネイオテスも、1185年春にトルコ人たちへ宣戦布告。

アレクサンドレッタに隣接するイッソスの街を包囲し、これを陥落せしめようとする。

だが、ここに、西方のオプキシオン軍管区軍と戦っていたはずのルーム・セルジューク朝軍主力が近づいてくる。

 

「ーー敵兵の数は4,000弱。対する我が軍は、キプロス軍管区軍300にタルカネイオテス家の私兵900、そして同盟国のクレタ軍管区長官トドルの軍1,300の計2,500。数の上では圧倒的に劣勢ですが」

「精鋭たる我らが帝国軍の質の差が上回っている可能性があると」

帝国は騎士の数が制限されその威力(効力)にもマイナス補正、徴募兵数にもマイナス補正がついている。その結果、常備軍主体の少数精鋭軍団になりやすい。

 

「その通りです。しかしこればかりは、実際に戦端が開かれてみないと、事前の予想は当てにならない可能性はあります」

「戦いとは得てしてそういうものだ。ただ、かつて、この同じ地で戦い勝利したアレクサンドロス大王は、わずか5万の兵で60万のペルシア軍を打ち破ったと聞く」

「さすがに60万というのは大袈裟かとは思いますが、寡兵で大兵に勝利したのは間違いないでしょう。騎兵が活躍した戦いと聞きますが、今回は我が軍も騎兵は多く、戦略的にはその体制を整えられてはおります。

 あとは、長官ストラテーゴス殿が現代のアレクサンドロスとなれるかが鍵となります」

愉快気に告げるクロテール元帥に微笑を返しながら、ミカエルは答える。

「うむ。はったりをかますのは得意だ。一つ、歴史的な演説でもぶち上げ、大勝利を演出してみせようかね」

 

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まさに一進一退。次々と兵が斃れていく中、戦闘開始から数時間が経過しても、どちらに天秤が傾くか分からない情勢が続いた。

しかしやがて、自軍の将兵らが次々と敵将兵らを打ち破っていくという報告が増える中、いよいよその趨勢が帝国軍側に傾きつつあることがはっきりしてきた。

そしてついに、夕刻に迫るほどの頃になった時、この戦いに決着はついた。帝国軍の犠牲者は、トルコ人たちのそれのわずか3分の1程度。敵兵を壊滅はさせられなかったものの、決定的な損害を与え敗走させることに成功した。

そして1186年10月にはこのイッソスも陥落。

トゥグルールは降伏を受け入れ、ミカエルはトルコ人に対する復讐の第一歩を成し遂げることとなったのである。

降伏に際し、トゥグルールは娘チチェクを人質としてミカエルに送ることも余儀なくされた。

 

かつて敵前逃亡を図り、その領地を大きく奪われる原因を作った「裏切り者の一族」タルカネイオテス家にとって、この小さな一歩は大きな価値を持つ出来事であった。

さらにミカエルは、皇帝アレクシオスに負わせた借りフックを元手に、今度は自らの嫡男と皇女との婚約を結ばせる。

自らが擁立した皇帝一族に自身の一族も連ならせるという形で、ミカエルはさらに自家の名誉を高めようとしていたのである。

 

だが、1187年5月31日。

その婚約成立からわずか1年。皇帝アレクシオスが唐突な死を迎える。

後を継いだのは、わずか6歳の皇子ステファノス

当然、これでミカエルの思惑がすぐに潰えるわけではない。むしろこれだけであれば、想定通りではあり、引き続きこのコントステファノス家に対する影響力を誇示し続けられる状態が続くはずであった。

だが、このすぐ後に、運命は彼の思惑を超えた形で回り始める。

物語は、新たな局面を迎えるのである。

 

 

ステファノス2世の代

「先の戦いにおける勝利、大義であった」

幼きステファノス皇帝の摂政を務める叔父のアンドロニコスは、少し気怠げな様子でミカエルに面会する。

「ご気分が優れないようで」

「ああ、いや・・・皇帝陛下も即位間も無くして流行り病に倒れてしまってな。今は隔離し、帝国一の名医の手で治療にあたっている。おそらくは大丈夫かと思うが」

「アンドロニコス様もご自愛下さい」

「本音を言えばアテナイに帰りたいところだが、そうはいかぬからな。

 兄も年を召していたとはいえ、まだ59。あともう少しだけでも、長生きしてくれていれば・・・国内にはドゥーカス家コムネノス家などが常にその帝位を狙って暗躍している。ようやく手に入れられた我が家の名誉をすぐに手放すことのないよう、この私がしっかりせねばならんと思っている」

言いながら、軽く咳き込むアンドロニコス。それを見やりながら、ミカエルは力強く告げる。

「お任せ下さい、アンドロニコス様。我々タルカネイオテス家は、没落しかけていた折をコントステファノス家にお引き立て頂いたことの恩義を忘れることはありませぬ。

 先達ては御息女様を我が息子の妃として迎えさせて頂いたこともあり、もはやその誉高き血統の末席に加えさせて頂いているような思いさえあります。

 コントステファノス家のことは我がこととと思い、誠心誠意これを守り抜く所存でございます」

ミカエルのその言葉に、アンドロニコスも弱気な笑みを浮かべる。

「うむ・・・我が子らもまだ幼い。この身に何かあったとき、コントステファノスを何卒宜しく頼むぞ」

 

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ステファノス皇帝即位からわずか2ヶ月。

その摂政として実質的な帝国統治の権限を手中に収めていたアンドロニコスは病に冒され、急速に衰弱した上で兄を追うようにして没する。

これでコントステファノス家の成人の生き残りはいなくなり、その影響力が一瞬にして消失。

新たな摂政の地位にはドゥーカス一門の長、アレクシオスがつくこととなった。

かつて皇帝を輩出していた一門でもあり、先達てのルーム・セルジューク朝との戦いに、コムネノス家、タルカネイオテス家と並び勝利した《隻眼のセバスティアノス》も属するこの一門。

その宮廷内での影響力は絶大であり、帝室は実質的に彼らの支配下に収まったとみて間違いなかった。

 

だが、ミカエルはこの状況を座して待つつもりはなかった。

1189年秋。カミュヅェス家のテッサロニカ軍管区長官コンスタンティノス2世が主催する結婚式の場に、ミカエルは招待されて参上する。

帝国中から有力者の集まるこの結婚式の場は、彼らにとっての重要な外交の舞台でもある。ミカエルはその場で、一人の男と接触する。

「ーーやはり、ここまで話してきて、私は確信いたしました。ヨハネス殿、貴公はこの帝国においてなくてはならない存在です。それは、異民族と常に接する辺境のモエシア軍管区の長官であるという一点のみでさえ、それは確かなことなのですから。

 そしてその職責を、貴公ほど信頼して任せられる御方は帝国中を探し回ってもきっとおられないでしょう。その事実は、20年前のブルガリア人たちによる襲撃を見事守り抜いた実績からも明らかです」

「――何が言いたい? キプロスの長官よ。この儂に世辞を届けるくらいなら、ドゥーカスの貴族にでも媚びを売ってきたらどうだ?」

カンタクゼノス家のモエシア軍管区長官ヨハネスは、警戒心を隠すこともせずに冷ややかな目でミカエルを見返す。しかしミカエルは怯むこともなく続けた。

「――いえ、私は、そんな貴公と貴公の一族が、その貢献に比して適切に評価されていないと感じているだけです。

 そして私は仮にも現皇室と関わりを持ち、これを強く敬愛し、これを心より支えんとする立場として、より相応しい存在が現皇帝の摂政の地位にありうべきだと考えているだけなのです」

ミカエルの言葉に、ヨハネスは沈黙を返す。しかしその口元に貼りついていた猜疑心の表れたる微笑は今や消えていた。

ミカエルは畳み掛ける。

「――それに、現在の摂政たるアレクシオス殿には、色々と黒い噂が付き纏っているようですから」

「ほう――?」

一瞬にして興味をひかれたらしきヨハネスは、辺りを見渡しつつ声を潜めて顔をミカエルに近づける。

「――もし良ければ、話を聞かせてもらおうかな」

「いいですとも・・・我々は今や確かな利害関係者。お互いの望む形を実現するために、手を取り合おうではありませんか」

 

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1189年末。

突如として、皇帝ステファノスの摂政であったドゥーカス家のアレクシオスが逮捕される。皇帝の家令を務めるモエシア軍管区長官ヨハネスの手によって。

罪状はアレクシオスによる帝室資金の横領と、皇位転覆の陰謀の存在。アレクシオスは全て身に覚えがないと強硬に否定したものの、いつの間にか帝室内とその周辺に形成されていた反アレクシオス勢力によってこれは封殺された。

そしてステファノス皇帝の摂政として新たに就任したのが、その勢力の先頭に立っていたヨハネスであったことは、違和感も何もない結果であった。

この突然の政変劇に、アレクシオスは成す術もなかった。やがて彼は失意の中で酒におぼれ、この2年後となる1192年4月15日に、47歳という若さでこの世を去ることとなった。

これで再び、ミカエルは政治の主導権を取り戻すことに成功した、かのように見えていた。

しかし、ひとたび狂い始めた運命の車輪は、そう簡単に落ち着きを取り戻したりはしない。

この一連の政変劇の最後に、政治闘争だけでは不利と悟った「彼ら」による、大きな盤面返しが引き起こされることとなるのである。

 

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「ーー時は来ました、アレクシオス殿」

窓の外に広がる庭園には色とりどりの花が咲き誇り、風が吹くたびにその香りが部屋の中にも漂ってくるようであった。

しかし、室内に並ぶ二人の表情には、そのような平和な印象とは程遠い緊張感が張り詰めていた。

「今こそ、忌まわしき簒奪者共から、コムネノスの名誉ある地位を取り戻すべきです」

「ああ、その通りだーー異教徒に対する勇敢なる戦いを制してきた貴公が助力してくれるのは実に頼もしい限りだ。この大義が成し遂げられたとき、その忠義には必ず報いようぞ」

「――ありがとうございます。しかし私が求めるのはそのような利得ではございませぬ。

 ただひとえに、我が兄を死に追いやり、我らが一族の誇りを汚したあの忌まわしきカンタクゼノス家、そして《裏切り者の一族タルカネイオテス》に復讐を果たす、その思いのみで御座います」

 

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1193年9月18日。

失意のままこの世を去ったアレクシオスに代わり、ドゥーカス家の長となったオプシキオン軍管区長官、通称《隻眼のセバスティアノス》は、コムネノス家の家長たるフィリポポリス軍管区長官アレクシオスを擁立し、現皇帝ステファノスとその支持者たちに対する反乱を引き起こした。

セバスティアノスに付き従ったのは、ガブラス家カルディア軍管区長官ヨハネスやラパルダス家のシルミア軍管区長官ユスティノスといった辺境の有力貴族たち、あるいはマクロドウカス家のイサキオスやケファロニア総督のイヴァン・アセンといった新興貴族たち。中央政界から距離のある彼らは新秩序における栄達を目指してこの革命に身を投じていったのである。

代わって皇帝ステファノス及び摂政ヨハネス側についたのは、中央で利権を握る保守勢力が中心。しかし彼らは明確な目的も大義もない中、互いの連携はままならず、数だけはいてもそれが十分に機能する状態にはなかった。

その結果、引き起こされたのが、1195年8月21日の「アドリアヌポリスの戦い」。

帝国軍1万1千、反乱軍1万6千が激突したこの戦いの結果、帝国軍を指揮していたヨハネスは捕らえられ、反乱軍側の捕虜となる。

敗北と共に烏合の衆であった帝国軍は散り散りとなり、反乱軍は帝都コンスタンティノープルへと迫る。

ここに来て皇帝ステファノスとその側近は敗北を認めざるを得ず、コムネノス家への帝位の返上に同意させられた。

 

かくして、新たな時代が始まる。わずか2代、15年のコントステファノス朝は早くも幕を閉じ、再びコムネノス朝の時代へ。

新皇帝アレクシオス3世コムネノスが即位することとなったのである。

 

そして、その場にその男もいた。

ミカエル・タルカネイオテス。セバスティアノス主導の反乱が引き起こされたとき、忠誠を誓っていたはずのコントステファノス家皇帝につくどころか、逆に娘婿イヴァン・アセンの求めに応じる形で反乱側に加担さえしたこの《裏切り者》。

「ーーこの度の御即位、誠に祝着至極に存じ上げます」



タルカネイオテス、その血に刻まれた裏切りの果てに、指し示される未来とは。

 

第二話へ続く。

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