かつて、マラズギルトの戦いで帝国を裏切り、その歴史的大敗のきっかけを作ったとされたタルカネイオテス家。
その末裔たるミカエルは、家名の復権を成し遂げるべく、存命の子なく崩御したマヌエル1世コムネノスの後継にコントステファノス家のアレクシオスが就くことを支援し、その影響力を高めていく。
しかし1187年、そのアレクシオスおよび弟のアンドロニコスが次々と亡くなり、遺されたのはわずか6歳の皇子ステファノスと未成年の子どもたちばかりに。
皇帝摂政の座を巡り熾烈な政治的主導権争いが繰り広げられる中、1193年にドゥーカス家の英雄《隻眼のセバスティアノス》が、コムネノス家のアレクシオスを推戴する形で兵を挙げる。
最終的に1195年8月の「アドリアヌポリスの戦い」で摂政ヨハネス・カンタクゼノスを捕虜にしたセバスティアノス側がこれに勝利し、新たな皇帝としてアレクシオス3世コムネノスが即位。
そして《裏切り者の一族》ミカエル・タルカネイオテスは、このときもまた、忠誠を誓いしコントステファノス家を裏切り、アレクシオス3世の側に立っていたのである。
ミカエルのこの選択は、果たしてどんな未来を選びとることになるのか。
裏切り者の一族の、その運命の先の結末とは。
目次
Ver.1.14.2.2(Traverse)
使用DLC
- The Northern Lords
- The Royal Court
- The Fate of Iberia
- Firends and Foes
- Tours and Tournaments
- Wards and Wardens
- Legacy of Perisia
- Legends of the Dead
- Roads to Power
- Wandering Nobles
使用MOD
- Japanese Language Mod
- Historical Figure Japanese
- Nameplates
- Big Battle View
- Personage
- Japanese Font
- Extended Outliner
- Battle Graphics
- Battleground Commanders
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忠誠
1196年7月。
コンスタンティノープルの宮殿の大広間には豪華な絨毯が敷かれ、天井からは金箔の施されたモザイク画が来客たちを厳かに見下ろしていた。
宮殿の侍従たちに導かれ、重厚な鎧を身に纏ったその男は皇帝の玉座の眼前にて膝をついた。
「ーーこの度の御即位、誠に祝着至極に存じ上げます」
「――フン、随分と、殊勝な様子だな。貴公はコントステファノス家の縁戚でもあり、我々は貴公の仇敵とも言える存在なのではないか?」
「いえ――」新皇帝アレクシオスの言葉に、ミカエルは視線を床に下ろしたまま明確に否定する。「私は常に、正しき者の味方です。それ故に、先の戦いにおいても私はコントステファノス家の為に兵を挙げることはなく、逆に陛下のために身を投じた我が娘婿たるケファロニア総督イヴァン・アセンの求めに応じる形で、軍管区の兵を貸し出すことさえしております」
「――信用能わぬことは承知の上です。行動と結果でもって、その忠誠を証明してみせましょう」
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「ーーそれで、結局信用して頂けたのですか?」
「どうだかな。ただ、行動で示すしかないと伝えたのは真実だ。今回の訪問で、陛下からは現在のキプロス軍管区のみならず、キリキア軍管区長官の地位も頂くことができた」
「キリキア軍管区・・・と言っても、先日ミカエル様がルーム・セルジューク朝から奪い取ったイッソスの地とコムネノス家のイサキオス様が奪い取ったセレウキアの地の他は、まだトルコ人たちの手中に収められたままですね」
「ああ、つまりはこれを意味のあるものに成し遂げろ、というのが陛下と、その陛下を事実上操っているあのセバスティアノスの我々に対する要求ということだろう」
「では、早速?」
「いや・・・前回はセバスティアノスやイサキオスの軍が西方から攻め込んでいる中での攻撃で、かつアセン家の力も借りての勝利であった。同じような状況がまた生まれれば別だが、今すぐには・・・帝国の状況も、決して安定しているとは言い難い以上、難しいだろう」
「そうですね、確かに」ヨシは頷く。「今はまず状況の行く末を見定めることが、何を動くにしても重要でしょう。そのための機会を、私の方でも探し、手配するようにします」
「ああ、助かるよ。その間に、せっかくコンスタンティノープルにまで来たのだ、彼女に会ってこよう」
「ああ」ヨシは一瞬驚きつつも納得したような様子を見せる。「そうですねーーお気をつけて」
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時刻は夕方に差し掛かっていた。マルマラ海に沈む夕日が放つ黄金色の光が、タルカネイオテス家の荘園の庭園を淡く照らしていた。
庭園の奥に設置されたパビリオンに、その少女は座っていた。彼女は海を眺めているようであった。
「ゼノビア様、ここにおられたのですね」
ミカエルが声をかけると、少女はわずかに振り返る。その表情には暗く影が差し掛かり、ミカエルとも決して目を合わせようとはしなかった。
「ーー兄が、もしかしたら帰ってくるかもと思っていまして」
ゼノビアの言葉に、ミカエルはできる限り優しい声と表情で返そうとする。「ステファノス様は今は安全な場所に身を寄せております。彼は最もその命を狙われる身ゆえに、コンスタンティノープルに残るわけにはいきませんから。ゼノビア様は御安心下さい。貴女は私の子ヨハネスの婚約者であり、家族です。誰にも手出しはさせません」
「しかしーー貴方は兄を、コントステファノス家を裏切ったではありませんか! 同じようにいつ、この私を敵に売り渡すか、分かったものではありません!」
激昂するゼノビアは初めて面と向かってミカエルを睨みつける。その顔には怒りだけではなく、恐怖、そして困惑が複雑に彩られていた。
「ーー私はコントステファノス家を真に護るためには、この方法が最も適切だと判断したのです。そうでなければ、今頃ステファノス様もゼノビア様も幽閉され、下手をすればその命を奪われていた可能性さえあります。私一人があの場で抗っていたところで、その運命は変わらない。であれば、私は私だけでもコントステファノス家を裏切ったフリをしてみせて、状況をコントロールできる位置に立つ必要があった」
「・・・コントステファノスへの忠誠は潰えていないというの?」
「もちろんです」ミカエルは抑制された笑顔ではっきりと頷く。「もちろん、こんなこと表では言えません。ここでさえ、口にすることに危険がないわけではありません。しかし、信じて下さい。私は裏切り者と罵られた我が一族の名誉を取り戻すことこそを最大の目的としております。その過程で再びそれに汚名が被せられようとも、最後には信義に基づいた行動と結果でもって、忠誠を貫き通して見せます」
ゼノビアは視線を落とす。先ほどまでの興奮はもはや消えてなくなったようだが、引き続きその表情には不安や困惑が張り付いていた。
「貴方はいつだって、誰にだって、嘘をついて、切り抜け続けるというわけですね。だとしたら私も決して、その言葉を信じられないではありませんか」
「そうですね」ミカエルは微笑みを作り続けたまま、その瞳を揺らした。「私は、嘘つきですから」
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1196年10月。フィリポポリス軍管区内のブルガスで、トゥルマルケス*1のペラギオス・パルダレス主催の饗宴が催されており、ヨシの手配によってミカエルもこれに参加できることとなっていた。
帝国中の有力貴族たちが集まる中で、特に中心となるのはやはり政治的・外交的談義であった。
「ラテン人たちは、エジプトのサラセン人たち相手に3回目となる十字軍を発令したようです。アイユーブを名乗る現在のエジプトの支配者は、類稀なる軍事的能力で瞬く間に支配地を広げ、イェルサレムが陥落するのも時間の問題でしたからね」
「数の上ではラテン人たちが圧倒的優位。しかし、どちらが勝つと思いますか」
来客の一人、エフェソス軍管区長官を務めるブラナス家のテオドロス3世の言葉に、ミカエルは苦笑を浮かべながら応える。
「ーー残念ながら、勝つのはサラセン人たちのように思えますね」
「ほう? その心は?」少しも意外そうではない表情でテオドロスは聞き返す。
「まず、十字軍を指揮する立場にあるローマの教皇は、すでに老衰極まり、ものも喋られないような無能力者となっていると聞きます」
「今回の十字軍も純粋な宗教的意義から発せられたものというよりは、次期教皇の座を巡る政治的な権力闘争の産物に過ぎないとみるべきでしょう。そのことが分かっているからか、今回もまたフランス王やイングランド王、ドイツの皇帝などは参戦することなく、数だけはいても烏合の衆であることには変わりない。名声の高いアイユーブのスルタンに率いられるサラセン人の軍隊に敵うとはとても思いません」
「ーーさすが、噂に聞こえし軍略家たるミカエル殿。世界の情勢にも実にお詳しい」
テオドロスは満面の笑みでミカエルを称賛する。その様子にはビザンツ貴族にありがちな皮肉や下心など一切感じさせない真っ直ぐなものであった。
「そんなミカエル殿が、なぜ今の政権で重用されていないのか、不思議でなりません。評議会にはあのセバスティアノスとその取り巻きたちばかり」
「せめて元帥には、前政権でも元帥を務められていたミカエル殿が相応しいと思うのですがね」
「前政権に近過ぎることが問題なのでしょう。それは十分に理解できることですから、特段気にしませんよ」
苦笑するミカエルに、テオドロスはふと真面目な顔つきで囁く。
「ーー何かあれば、いつでもお声掛け下さい。私は公正さをこそ最も重視致します。貴殿がそれをお示しさえすれば、きっと力になるでしょう」
「ええ――それは実に心強い。その時は、頼みますよ・・・《公正なるテオドロス》殿よ」
-------------------------
1198年11月30日。
即位時点で先が長くない様子を見せていたアレクシオス皇帝が崩御。
皇位継承を巡っては前皇帝ステファノスに対する支持も少なくなかったが、タルカネイオテス家のミカエルがアレクシオスの子アンドロニコスを支持したことが決め手となり、そのままアンドロニコスが即位。
コムネノス王朝は引き続き継続することが決まった。
これを祝して、《隻眼のセバスティアノス》は自領にて大競技大会を開催。
ここにミカエルも参加。アーチェリー大会にて見事な腕前を見せつけ、優勝を果たすほどの実績を残した。
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「ーーどうするんだ、あの男。このまま捨て置くのか?」
歓声に沸く競技場の観戦席にて、モエシア軍管区長官イサキオスは苛立たし気に呟く。
「あっという間に注目の的だ。大した実績も持たぬくせに、その影響力は帝国内においても決して見過ごせるものではなくなっているぞ。それでコムネノス家に本当に忠誠を誓っているのであればまだしも、コントステファノスの娘と奴の息子との結婚を予定通り執り行ってさえいる。これは明確な反逆行為ではないか?」
手に持った酒盃を潰してしまいそうなほど強く握り締めながら、イサキオスは競技場のミカエルを睨みつける。放っておいたらそのまま襲い掛からんばかりである。
そんなイサキオスを手で制しながら、隣り合って座るカルディア軍管区長官ヨハネスは落ち着いた様子で告げる。
「しかし奴はアンドロニコス様の即位を支援したのだろう? 奴が本当にコントステファノスの復権を目論むのであれば、そんな非合理なことをするはずがない。コントステファノスの娘との結婚も、奴自身が語っているように両家の分断と対立を宥和するための橋渡し役を任じているだけで、他意はないはずだ。アンドロニコス様も自ら祝福しているのだ。我々がそこに口を挟む必要はない」
「そうだろう、セバスティアノス? 奴はコントステファノスではなく、コムネノスを支援した。これ以上の奴の忠誠を示す材料はないはずだ」
ヨハネスはもう一人の男に水を向ける。二人のやり取りを沈黙したまま聞いていた《隻眼のセバスティアノス》は、ヨハネスの言葉にすぐには反応せず、暫し黙して考え込んでいた。
だがやがて、何かに気づいたかのように顔を上げる。その表情には驚きと恐れとがありありと浮かんでいた。
「ーーそうか、奴がコムネノスを支持した理由・・・それは奴の忠誠を示すものでもなければ、コントステファノスへの忠誠を示すものでももちろんない。そこには非合理ではなく実に合理的な理由がある。
奴はコムネノスにもコントステファノスにも忠誠など誓ってはおらぬ。奴の本当の狙いはーー」
そこまで言いかけてセバスティアノスはイサキオスに向き直り抑えた声で指示を出す。
「ーー奴を生きて帰すな。今すぐ、仕留めねばならぬ」
イサキオスは頷く。ヨハネスはそれを見て驚き狼狽えながら尋ねる。
「今すぐにか? 理由は分からんが、さすがにそれは危険ではないか? 何か、適当な罪状を作り、正式に逮捕するなりなんなりせば・・・」
「そんなことしている余裕はない。いつ奴が動き出すか分からぬのだから」セバスティアノスは苛立った様子で応えた。「それに逮捕するべく軍を差し向けた処で、それを理由に蜂起しかねん。今すぐに、その首が間近にあるうちに仕留めねばーー」
しかし、セバスティアノスらのその試みは失敗する。ミカエルはまるでそれを予見していたかの如く暗殺者を撃退し、口を割らせたのである。
「ーー下手を打ったな、セバスティアノス。この状況、存分に利用させてもらうぞ」
------------------------------
1201年5月。
キプロスとキリキアの軍管区長官ミカエルは、帝国全土の諸侯らに一斉に書状を送り届けた。
その内容は先の競技会において自らが、皇帝側近のセバスティアノスによって亡き者にされようとしたこと、この事実を皇帝陛下に抗議するも握り潰されたこと。
もはや、この政権に大義はない。タルカネイオテスの名において、正しき主君たるコントステファノスに改めて忠誠を誓うこと、そしてその証として、その継承者たるゼノビア・コントステファノスを推戴することを掲げ、皇帝とその側近らに対する宣戦布告を果たしたのである。
この蜂起に際し、ミカエルはあらかじめ、その高い影響力を利用して有力諸侯らを味方につけておくことに成功。
10月にはダブレの地で2万を超える軍勢を率いてセバスティアノスの軍を破り、これに重傷を負わせるなど快勝。
続く11月にはアビュドスの地で皇帝自ら率いた軍を《公正なるテオドロス》の軍が破り、皇帝を捕虜にしたとの報せが届けられた。
こうして、ミカエルおよびテオドロスを中心とした大反乱は開幕からわずか半年であっけなく終幕。
アンドロニコスもすぐさま降伏を認め、帝位はゼノビアの元へと渡ることとなった。
「ーー御即位、誠におめでとうございます」
ミカエルの言葉に、女皇ゼノビアは表情を不快に歪める。
「・・・これが貴様の忠誠だというのか、ミカエル。コントステファノスの為ではなく、貴様は皇帝の子が欲しかっただけ。故に、兄さんの即位を拒みさえした」
「皇統を守るためには、明確な意思と覚悟を持って戦える者が皇位に就く必要があります。さもなければ一時的に皇位を得たとして、すぐにまた、コムネノスやドゥーカス、あるいはその他の魑魅魍魎の有力貴族らによって再び政争に巻き込まれるでしょう。
――果たしてステファノス様に、そのような器は御座いますでしょうか?」
ミカエルは冷たく、そして威圧的に告げる。ゼノビアも思わず怯み、口を閉ざす。
「――だから、私が貴女の血統を必ず護る。それは確かに我々タルカネイオテスの為でもありますが、ゼノビア様、貴女にとっても決して悪い話ではないはずです」
ゼノビアはそれ以上は何も言わなかった。何を言ったとしても、彼女や彼女の兄にできることなど何もなかった。今や、コントステファノスには何の力もなく、ただ、タルカネイオテスとミカエルというこの男の手の中にある傀儡に過ぎないのだから。
そんなゼノビアの様子を見て、ミカエルはふ、と小さく笑う。
今この瞬間、この帝国がやがてタルカネイオテスのものとなることが確定した。
かつて、裏切り者の一族と罵られたことタルカネイオテスが、この帝国で最も権力を持つ存在へとのしあがらんとしていたのである。
血の宿命
1204年3月。ゼノビアの即位から約2年半。
落ち着きを取り戻しつつあった帝国の辺境で、キリキア軍管区長官の地位を与えられている帝国元帥ミカエル・タルカネイオテスは、その領地を回復すべく、不当にその地を専横しているルーム・セルジューク朝軍との2年に渡る戦いで勝利を収めていた。
この勝利によってキリキアの全土を取り戻したミカエルのもとに、コンスタンティノープルに滞在する嫡男ヨハネスからの手紙が届く。
曰く、彼と彼の妻である女皇ゼノビアとの間に待望の男子が産まれたということ。そしてその子に偉大なる祖父の名を取ってミカエルと名付けたということ。
この二重に慶ばしきことを祝すべく、ミカエルはコンスタンティノープルへと赴くことを決断する。
「――暫く、留守にする。お前も政務は後任に任せ、偶にはゆっくりと休息を取るように」
「お気遣い、感謝致します。しかしミカエル様も何卒お気をつけ下さいませ」
ミカエルの右腕にして親友たるサマリア人のヨシは、すでにその人生の終端に足を踏み入れていた。衰弱した身体を何とか抑えながらわざわざミカエルの出迎えに出てきた彼は、心底から心配そうな様子でミカエルに告げる。
「ミカエル様は今や、この帝国で最も影響力のある御仁。これを快く思わぬものも多くおられます」
「ああ、分かっているよ。護衛を傍につけ、常に警戒して当たる。心配するな」
ミカエルの言葉に、ヨシも微笑を浮かべながら小さく頷く。その様子を見て、ミカエルはもしかしたら彼と顔を合わせるのはこれが最後になるかもしれない、と感じた。
それでも、先へ進まねばならぬ。今や、ミカエルは単なる一個人ではなく、一族と、そしてこの帝国全体とをその双肩にかけているものなのだから。
------------------------------
「ーーお父上、お久しぶりです。先達てのトルコ人との戦勝、祝着至極に御座います」
コンスタンティノープルを訪れたミカエルを、嫡男で女皇ゼノビアの皇配たるヨハネス・タルカネイオテスが出迎える。明るく人当たりが良く、ミカエルのような軍才に恵まれたわけではないが良く統治する能力に秀でた男である。
「妻はまだ体調が優れぬゆえこちらではご対応できかねますが、この私が精一杯饗応させて頂きます」
「構わぬ。お前も陛下の代理として政務に忙しい身であろう。私も孫の顔を見たら荘園で好きに過ごすつもりだ」
「は。お気遣い痛み入ります。しかし帝国の皇帝代理としての政務、光栄極まる思いにて、多忙さも愛おしく思うほどで御座います」
あながち嘘でもない様子で告げるヨハネスに、頼もしさを感じる一方で一抹の不安さえ感じる。将来約束されたタルカネイオテス家の皇帝の父として、より一層の責任をこの男は背負うことになる。平時であれば頼もしきその才覚も、乱世においては仇となり得る恐れもある。
それまでに、剣呑なる要素は自ら排除せねばならぬ。
「ーーでは、陛下にお会いしてくる」
ミカエルが言って立ち上がると、ヨハネスもすぐさま立ち上がり、ついていきます、と言いかけて口を開く。が、その前にミカエルが鋭い視線と共に有無を言わせぬ様子で告げる。
「お前は先も言った通り、政務に移るが良い」
「はーー」抗弁できず、おずおずとただ腰を下ろすヨハネス。ミカエルはそれを確認すると、ゼノビアの元へと足を進めた。
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喧騒に満ちたコンスタンティノープルでも、この宮廷の奥深くに設けられた神聖なる寝室には鳥の声さえ届かぬようであった。ミカエルの足音も、深い絨毯に吸い込まれ、静寂を切り裂くものにはなり得なかった。
故に、ゼノビアの手の中にある赤子は静かな寝息を立てたまま、起きる様子は見られなかった。ミカエルは少し躊躇しながらもできるだけ小さく、しかしはっきりと、口を開いて話しかけた。
「ゼノビア様、大義でありました」
ミカエルの言葉に、女皇は腕の中の赤子に視線を置いたまま応えた。
「ええ、お義父様、タルカネイオテスの名に誉れを与えるであろう、麗しき御子を授かりました。これを大義と言わずして何というべきでしょうか」
その声は静かで、口元には微笑が浮かんでいた。しかし、そこには何か、その表面的なものとは裏腹の情念が込められているように、ミカエルには感じられた。
そしてその元凶は、彼女の中にだけあるわけではない。
「――しかしその御子が、コントステファノスにとっては赦されざる存在となり得るのでしょうな」
ゼノビアは応えない。表情も変わらず微笑を湛えたまま。しかし赤子を撫でていたその手の動きが止まったことが、彼女の動揺を確かに伝えていた。
ミカエルは続ける。冷たい声色で。
「先達て、我が命を狙う者がいるとの噂を我が密偵長が掴み、調査を進めておりました。結果、その協力者と思しき者たちの多くが、証拠と共に判明していきました。
そのうちの一人が貴女、ゼノビア様であることも」
ゼノビアは答えない。しかし伏せられたままのその表情からは、もはや笑顔は消え失せ、透明なガラス玉のように沈黙していた。
「・・・コントステファノスの血に尽くそうとされる陛下のお気持ちは理解できます。しかし、果たしてその先にあるものを本当に理解されているのでしょうか?
最後には、貴女の夫であるヨハネスや・・・その腕の中の御子すらも、血塗られた手にかけることになるやもしれぬのですぞ」
ゼノビアの表情が青ざめる。愛し子を抱える腕が震え始めていることに、ミカエルは気が付いた。
「――その血の宿命から、解放して差し上げましょう。何、この事実をもって貴女に何かをしてもらおうとも、貴女自身をどうにかしようというつもりはありません。
ただ、黙って見ていてくれれば良いのです。そして、これから起こる出来事において、タルカネイオテスの家の者が決して関わってはいないと、証言さえしてくれればーー」
1206年2月19日。かつて皇帝の地位さえ与えられた誇り高き貴族ステファノス・コントステファノスは、晩餐会の開かれた夜に天国へと旅立った。
明らかに不審な形で招かれた死ではあったが、その調査は思うように進まず、ついには犯人は不明なままに終わった。きっと、コントステファノス家に恨みを持つコムネノスかドゥーカスの誰かによるものだろうと、この陰謀渦巻く帝国においてはさほど珍しくもない事件としてやがて忘れ去られていった。
しかしその犠牲者の実妹となる女皇ゼノビアはそう簡単にこの事実を忘れられるはずもなく、そのまま塞ぎ込む形で民衆の前から姿を消した。
代わってその岳父であるミカエル・タルカネイオテスが摂政を務めることが宣言され、名実ともに彼は大国の全権を握ったのである。
-------------------------------------------------
「ーーヨシ、私はついにここまで来たぞ」
ミカエルは亡き親友の墓前にて、噛み締めるように告げる。
「ここまでの道のりは決して綺麗なものではなく、むしろ血塗られ、汚れたものでさえあった。
しかし、あと一歩だ。ついに私は、一族の悲願に報いることができる」
----------------------------------
1207年1月31日。
帝国摂政ミカエル・タルカネイオテスは、女皇ゼノビアの名において、130年にわたりアナトリアを不法に占拠し続けてきたルーム・セルジューク朝に対して宣戦布告。
帝国元帥にしてエフェソス軍管区長官たる《公正なるヨハネス》率いる2万の帝国軍が、一斉にトルコ人勢力に向けて突き進むこととなった。
ーーだが、このときミカエルもまたすでに55歳。
常人を超える速度で人生を駆け抜けてきた彼の身体には、すでに致命的な老いがこれを蝕みつつあった。
まだ、だ・・・まだ・・・もう、あと一歩・・・
あともう少しで・・・一族の悲願は達成されるのだ――
「――父が死んだか」
帝国軍の中に参加していたヨハネス・タルカネイオテスは、戦場にてその報せを受け取る。
「せめて、この戦いが落ち着いてからであればな――落ち着くどころか、状況は最悪じゃないか」
「――さて、どうするかな。
この戦争も、この帝国も――やれやれ、実に面倒な重荷ばかりだ」
第三話へ続く。
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異聞戦国伝(1560-1603):Shogunateプレイ第6弾。1560年桶狭間シナリオを織田信長でプレイし、豊臣秀吉、そしてその次の代に至るShogunateならではの戦国最終盤を描く。
クルキ・タリナ(1066-1194):フィンランドの一部族「クルキ家」の物語。
四国の狗鷲(1568-1602):Shogunateプレイ第5弾。1568年信長上洛シナリオで、のちの四国の大名・長宗我部元親でプレイ。四国の統一、そしてその先にある信長との対決の行方は。
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織田信雄の逆襲(1582-1627):Shogunateプレイ第2弾。本能寺の変直後、分裂する織田家を纏め上げ、父の果たせなかった野望の実現に向け、「暗愚」と称された織田信雄が立ち上がる。
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ゾーグバディット朝史(1066-1149):北アフリカのベルベル人遊牧民スタートで、東地中海を支配する大帝国になるまで。
*1:トゥルマは軍管区(テマ)の下位分類で日本語では「師団」と訳されたりもする。ゲーム的にはテマが公爵位でトゥルマが伯爵位。トゥルマルケスはその長を指し、師団長、司令官などと訳すようだ。