天正6年(1578年)7月21日。織田信長、遠行。本能寺にて休まれている間に、何者かにより襲撃され、身柄不明に。
この混乱の中、織田家の実権を巡り、その筆頭勢力であった明智光秀と羽柴秀吉が全面対決。柴田を味方につけた明智方優位に進むも、天正9年(1581年)10月23日に夜の森で何者かによって襲われた光秀が胸を矢で射たれ絶命。
以後は竹中重治の謀略により勢力を取り戻した羽柴が織田家の実権を握っていくこととなり、その過程で光秀亡き後の明智家を一度、敗北せしめる程となった。
だが、表向きの臣従を見せつつ復讐の機会を待ち続けていた明智光秀が嫡子・光慶は、密かに味方となる勢力を集め、文禄2年(1593年)12月25日に再び信雄・羽柴に宣戦布告。
安土での再戦、そして坂本城の戦いを経てこれに勝利し、尾張美濃伊勢等の信雄の中心的領土を奪うことに成功したのである。
そして、光慶は父暗殺の首謀者をついに突き止める。それは、現将軍・足利義昭。
光慶は復讐を誓う。これを果たしてこそ、明智家の真の復活が実現するものとして。
だが、そんな明智家を狙うもう1つの影。
「戦国最強」本願寺が、ついに動き出したのだ。
信長の死後、20年にわたり続いてきた畿内の混乱も、いよいよ幕が閉じられようとしていた。
その先にある結末は、そして信長の死の、真実は。
Crusader Kings Ⅲ Shogunate AAR 「明智光秀の再演」最終回。
新時代の「天下」を巡る最後の戦いが、始まる。
Ver.1.11.3(Peacock)
使用DLC
- The Northern Lords
- The Royal Court
- The Fate of Iberia
- Firends and Foes
- Tours and Tournaments
- Wards and Wardens
- Legacy of Perisia
使用MOD
- Japanese Language Mod
- Shogunate(Japanese version)
- Nameplates
- Historical Figure for Shogunate Japanese
- Big Battle View
目次
前回はこちらから
復讐の時
文禄4年(1595年)3月6日。
京の二条御所に滞在していた明智光慶の下に、後垂仁天皇の勅使である勧修寺晴豊が訪れる。
「此度は尾張殿との諍い、無事平定との由、祝着至極。希望通り、貴公には従五位下の位階及び山城守の官位を授けられることとなった」
「は。有り難き幸せ。これまで以上に主上が為、力を尽くすこと、お誓い致します」
「うむ・・・しかし明智殿」と、晴豊は口元に小さな笑みを浮かべながら尋ねる。
「あえて山城守を所望するその狙いはやはり・・・」
「何か問題は、御座いますか?」
光慶の言葉に、晴豊はかぶりを振る。
「いえいえ。我々としても、公務を蔑ろにする現在の将軍家に対し不満がないわけではない。それに・・・先達て貴公が、光秀公暗殺の首謀者がかの将軍であるとの確信を得たことは我々も窺っております」
公家の情報収集力の高さを見せつける晴豊の言に、光慶はわずかに警戒心を見せる。
「我々にとっても貴公が父君には大いに期待しておった。我々朝廷に対しても誰よりも理解を持ち、信長公亡き後の天下を統べる才覚はかの御仁こそが持ち合わせているだろうと・・・
それがあのようなことになり、我々一同深く残念に思っていたが、こうしてその御子息がまた、才を発揮する様を見て実に喜ばしく感じておる。
明智殿よ、貴公がもし、より力をつけ、この畿内を安定せしめた暁には、望む通りの官位を差し出す用意もある。この日ノ本の混乱を治め、我らが朝廷の権威の復活を、是非とも支援し給え」
「は――承知、仕りました」
光慶は深々と頭を下げた。
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「ご大儀様でした。準備、出来致しております」
晴豊を送り出し、広間に戻った光慶を、明智家家宰、藤堂与右衛門高虎が出迎える。
「うむ。こちらも問題なく、官位を手に入れられた。あとはこの大義に基づいて、畿内から公方殿に御退出頂くまでだ」
光慶の言葉に「は」と頷きつつ、高虎は様子を窺うようにして尋ねる。
「然し、殿。此度、内蔵助殿に代わり軍奉行に任命されたあの者は、果たして信用能うのでしょうか?」
「ああ――虎之介のことか? 虎同士、相性良いかと思ったが、そうでもないのか?」
「いえ、相性は別として、彼の者は羽柴の子飼いであった身。それをいとも簡単に裏切り、味方につくというのも――」
高虎が言うのは此度、織田信雄・羽柴秀吉との戦いの中で捕え、新たに臣下となることを認めた加藤虎之介清正。高虎の言う通り、秀吉の子飼いであったはずのこの男がいとも簡単に臣従するということに、不安を覚える明智の兵たちも少なくなかった。
「貴殿もかつて浅井に仕えていながら同じように捕虜の身から寝返ったではないか」
「そ、それはそうですが――」
「ふん・・・与右衛門、おぬしの懸念はよく分かる。しかし、左馬助に続き、内蔵助まで失った我らにとって、実力のある存在は必要不可欠だ。その点、あの男には不足ないことは、おぬしも認めるだろう?」
「ええ・・・仰る通りです」
「で、あれば、まずは使ってみるまでだ。その意味で今回の戦いは良い試金石となるだろう」
同年春。「山城守」の官位を手に入れた明智光慶は、すぐさま京都に軍勢を集め、未だ周囲に影響力を保持する足利将軍・義昭に宣戦布告する。
すでに周辺勢力からも攻められ、兵も金も失いつつある旧き将軍は明智軍の敵ではなかった。
少数の兵と共に逃げ込んだ槙島城を一気に攻め込み、これを陥落。逃げ出そうとしていた義昭の身柄も捕え、これを無傷で光慶の前へと差し出すことに成功したのである。
「――実に見事なり、加藤殿。その武名、やはり真のものであるな」
光慶の言葉に、清正は首を垂れながら「は」と応える。その姿は従順なようでいて、その裏にどのような思いが込められているのかと、高虎含めた諸将たちは疑いの眼差しでこれを見ていた。
しかし光慶は特に気にするでもなく、さらに加えて驚くべきことを口にした。
「褒美に・・・そうだな、虎之介殿。これをやろう」
そう言って光慶が差し出したのは――
「こ、これは――」
清正は余りの事態に目を丸くし、咄嗟に差し出した手も震えていた。周りの将たちも思わず立ち上がるものまで現れ騒然としている。
「宗三左文字――武田氏、今川氏、そして織田信長公が継承せし名刀を、我が身に――?」
「ああ、貴殿はより我が明智の刀としてその力を奮って頂かねばならぬ。これはそのための前払い金だと思ってくれればいい*1」
震えながらも何とか両の手でその刀を受け取った清正。その上で光慶を見上げ、尋ねる。
「何故、我が身をそうまでして信頼して頂けるのでしょうか。多くの方々が噂されているように、我は育ての親ともいうべき羽柴殿を裏切った身。さらに言えば羽柴殿の間者とみられても仕方ない立場にも関わらず、こうして軍奉行を任せられた上でこれほどのものを頂けるとは、思っても見ぬ光栄で御座いまする。それ故に、信じられぬ心地で」
ある意味で正直な清正のその言葉に、光慶は彼を真っすぐに見据えながら応える。
「それを言えば我々明智も同じだよ、虎之介。出自も曖昧な、かつては斎藤道三や朝倉、そして足利に仕えていた怪しき我が父を、かの信長公は疑いもせず取り立ててくれたばかりか、織田家筆頭の存在として遇して頂いた。
さらにはその後信長公が亡くなられし後も、度重なる羽柴との対立の中で多くの疑いが我ら明智に向けられたものの、それでも数多くの家臣たち、そして織田家内の仲間たちから信頼され、そしてここまで来ることができた。
大切なのは今、貴殿がどのような思いを抱いているかだ。この乱世で、何者かにならんとする貴殿の思い。そして願わくば、この乱世を終わらせにかかりたいと願う貴殿の思いを、我はしかと受け止めておる。その願いを我らが明智に託し、数多くの疑念や中傷をものともせずこの場にはせ参じてくれた貴殿が忠義、誰よりも評価する故の、この褒美である」
光慶のその言葉を受けて、清正が感じ入ったのは勿論として、周囲の高虎含め重臣たちもまた、一人残らず光慶に平伏した。彼らが清正に向けていた疑念そのものを、光慶が今の言葉で非難したようにさえ、思われていた。
しかし、いつの間にやら十五郎様は、かくも立派になられたのか――と、高虎は心の底から驚く思いであった。最初はただ人に優しいだけの若者であり、かの明智光秀や織田信長のような大器はないように思われていたが――今や、その両名に匹敵する程の威厳を兼ね揃えつつある。
この明智家に従うことに決めた20年前の自身の判断が間違っていなかったと確信すると共に、やはりその意味で今回の清正の選択も、実に正しく合理的なものであったと、今更ながらに高虎は理解を示すこととなったのである。
「さて」
清正の褒賞を終えた後、光慶は表情を険しいものに切り替え、呟く。
「後は、大罪人の処遇だな」
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槙島城にて捕えられた後、京・二条屋敷の一角に護送されそこで軟禁させられていた将軍・足利義昭と対面する。義昭は怯えるでもなく、強気の瞳を変えぬまま光慶に向き合う。
「フン、殺すなりなんなり、好きにせい。願わくば兄のように、戦いの中で討ち死にしたかったものだがな」
「その前に、問おう。
貴様が我が父、光秀暗殺の首謀者だったという話は、真か?」
光慶の言葉に、義昭はしばし彼を見据えながら沈黙しーーやがて、観念したように口を開いた。
「ああ、その通りだ。当時は信雄と羽柴とが最初の反乱を起こしていた時で、予も光秀の口車に乗って織田為信公と同盟を結び、参戦していた仲間ではあった。だが、奴が――貴殿が父、光秀が――やがて予と公方を滅ぼし、政権を奪おうとすることは分かっていた。その前に、殺るしかなかったのだ。思いのほか、あっけなかったがな」
怒りと共に飛び掛かりそうになる思いを押さえ込みながら、光慶は重ねて問う。
「当時、父は側近の秀満にさえ知らせず、極秘に誰かと会いに行っていたと聞いている。その相手が貴様だったというわけなのだろうが、一体、どういう理由で父はそんな危険を冒したのだ?」
義昭はまたもわずかな沈黙を挟みつつ、口を開いた。
「・・・あれ程の冷徹で現実主義的な男が、そこまで優先度を高くせざるを得ない題目など、そう多くはないだろう。
予が奴に、誰にも聞かせるわけにはいかぬ内容と言って、奴も危険を顧みず手に入れようとする内容。
即ち、信長公暗殺の、首謀者を知っていると、予は奴に告げたのだ」
光慶は心臓が跳ね上がるのを感じた。傍らに護衛として控えていた高虎も、思わず目を丸くする。
「貴様は、それを本当に、知っているのか?」
「――知らぬよ。あくまでも貴殿が父を呼び出すための方便だ。予にもあの事件の真相は知らぬ」
「それは真実か?」
義昭が一瞬、答えに詰まったのを見逃さず、光慶は瞳の奥を光らせながら迫る。
こちらは拷問で聞き出すことも可能なのだぞ、と脅しかけるかのように。
「し、真実だ・・・ただ、もしかしたら越前の朝倉ならば、何か知ってるかも知れぬ。
奴が信長暗殺の頃に何かしら怪しい動きを見せていたのは確かだ。貴殿の諜報網を使い、確認してみると良いだろう」
焦った様子を見せる義昭をしばし睨みつけながら、光康は思案する。
だが最終的に、彼はこれを信じることにした。
「分かった。すぐに手配しよう」
「そ、そうすると良い。で・・・予はどうなるんだ?」
フン、と光慶は鼻を鳴らす。
「私もできれば将軍殺しの汚名を被りたくないのも事実だ。貴様には自らの意思で畿内を退去し、将軍職を辞すことを要求する。それさえ認めれば、どこにいこうが構わぬ。自由の身としよう」
分かった、と項垂れる義昭。これを見届け、光慶は踵を返す。
光慶の要求通り義昭はその所領を全て手放し、ここに260年間続いた足利幕府は終焉を迎えた。
京を追放された義昭はその後、西国に落ち延びたと聞くが――その途上、「何者か」によってその命を奪われることとなったという。
一方、その義昭から得た情報をもとに早速越前に潜入させていた素破の舞から、ついに確かな情報が手に入る。すなわち、朝倉義景が信長暗殺の時期に怪しい動きを見せていたという確証である。
この事実を受けて、光慶は全軍を率いて越前・朝倉攻めを開始する。25年前に信長に敵対し、包囲網形成の一翼を担った彼らは、その後の織田家内の混乱に救われる形で今日まで存続していたものの、ついにその命運が絶たれるときが来たのである。
勝ち目はないと判断した朝倉一門の裏切りと降伏も多数あり、抵抗らしい抵抗はないまま順調に進軍は進み、進軍開始から1年が経過した慶長4年(1599年)春頃には一乗谷を包囲。朝倉の敗北は眼前にまで迫っていた。
だが、そのとき、光慶のもとに信じられない報せが届く。
「――御注進ッ! ・・・近江の織田信雄殿が蜂起し、我らに対し宣戦布告。そして――この信雄殿に、本願寺までもが同調し、各国の本願寺門徒が一斉に蜂起しておりますッ!*2」
明智光慶、最後にして最大の戦いが始まる。
慶長の役
「此度は我らが策に乗じて頂き、感謝申し上げまする」
秀吉の言葉と共に注がれた酒を口にしながら、その男は快活に笑う。六尺にも及ぶ身の丈をもった偉丈夫で、笑いながらもその目は鋭く、およそ僧侶とは思えぬ迫力をも持ち合わせていた。
「かまいまへん。織田の娘さんもウチの次男坊に嫁いでもろとるからな。同盟国としての責務も果たさなアカンと思とります」
それに、とその男――本願寺顕如光佐は続ける。
「あの男はかの魔王・信長に通じる恐ろしさを持っとります。このまま放置しとったら、畿内どころか日ノ本全体がえらいことになります。その前に、我らが本願寺が総力を挙げてこれを潰さなアカン」
言って、ニカッと笑う顕如。
秀吉としても、かつての仇敵でもあったこの男の手を借りることはできればしたくはなかった。しかし、これが彼らに残された最後の手であることも、また事実であった。明智との休戦はあくまでも一時的なもの。やがて来るであろう決戦の日に備え、自らの命が果てる前に、手を打たねばならない。
そのためにはこの本願寺の武力は魅力的であった。根来・雑賀も味方につけた彼らの鉄砲調達力は日ノ本随一であることは間違いなかった。
そして――。
「三河殿も、おそらくは顕如殿の志に通じてくれるでしょうな」
「せやな。やつらも随分義理堅い連中やから、一緒んなって戦うことはあらへんやろが、まあ、敵対することも、ないんじゃないかの。
なんせワシら、正義の味方やさかいな。これと戦おうなんて奴らは、よっぽどの悪モンか、あるいは――自分を、より強い正義やと思とるような、大馬鹿者くらいじゃないかの」
カッカッカッと高笑いする顕如。
秀吉は合わせて笑いを作りながらも、この本願寺が牛耳る日ノ本の姿を想像し、一抹の不安を抱き続けていた。
――そして、その時を迎える。
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「――一乗谷の包囲は最低限の者を残し、あとは全軍、ただちに京へと反転せよ」
「しかし殿、加賀にも一向宗がおります故、あまり兵力を引き抜くわけにもいきませぬ」
軍奉行・加藤清正の言葉にうむぅ、と唸る光慶。
そこに、声をかけるものがいた。
「十五郎、ワシに任せてくれんだろうか」
光慶の盟友であり、織田信長「四男」織田秀勝である。
「於次・・・しかし、それほど兵も残してはおけんぞ。前門に朝倉の残兵、後門に加賀の一向宗。難しいだけでなく、下手すれば逃げ道もなく命の保障もない」
「承知の上だ。言っただろ? ワシはお前を全力で助けると。今お前が苦しい時を過ごしているならば、それを助ける為にできることはしたい」
秀勝の言葉に、光慶も頷く。
「――分かった。それではよろしく頼む。
だが、於次を助けるべく、他の動きも必要だ。
飛騨の姉小路殿にも遣いを送れ! 彼らが本願寺の脇腹を突く形で侵攻せば、多少はその動きを抑えることもできるだろう」
「そして、もう一手は――源三郎殿」
光慶の呼びかけを受けて、男が一人やってくる。織田信長が「五男」織田源三郎殿信房。光慶に「大きな借り」を持つ男である。
「貴殿には、とある重要な任務を申し付ける。取次としてのその才を買ってのことじゃ。すぐに向かわれよ。いいか、これは、決して失敗の許されない任務となる。――分かっておるな?」
「――は」
信房は神妙に頷く。彼にとってはどんな困難な任務であろうと、全うせざるを得ない事情があった。用意された書簡を手にすると、すぐさま早馬に乗って越前を後にした。
「さて・・・それでは、行くか。
むしろこれぞ、好機と捉えよう。父の代より手を焼き続けてきた本願寺、その息の根を止め、いよいよ畿内平定の時ぞ。さすれば、朝廷との約定も果たされることになるだろう。
これは我らの、ある意味で最後の重要な戦いとなるだろう。一同、頼んだぞッ!
敵は、本願寺にありッ!」
応ッ!と明智軍全軍が鬨の声を上げる。
いよいよ、戦いは始まるのだ。
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「以上が、畿内の状況では御座います」
「うむ」
正信の言葉に、徳川家康は頷きつつ、応える。
「引き続き状況の監視を続けよ」
「――明智殿の御救援に向かわないので?」
正信は尋ねる。
「拙者のことを気にされておられるのでしたら、どうか構わず。一度は信仰がため殿を裏切り申しましたが、この本多、二度は御座いませぬ」
「まさか、おぬしを疑っておるわけではない。元より本願寺には我が娘を嫁入りさせており、同盟を結んでいる身。共に同盟を結んでいる者同士の争い故、介入をしないというだけだ。
それよりも、武田の内部でもまた怪しい動きが出てきておる。長らく奴らに奪われたままの設楽の地を取り返す好機かも知れぬ」
「左様ですか・・・」
納得のいかないという表情を見せる正信。彼自身もそうだが、おそらくは本多忠勝など血気盛んな配下たちの説得のことを考え頭を悩ませていることは家康も理解していた。
「良いか、賭けというのは、ただ無心にこれを賭け続けるものではない。それでは単なる盲信と無謀だ。ときに身を引き、状況をよく冷静に眺めつつ、盤上の動きをよく見るのだ。その場面、場面で本当に勝てそうな駒はどれなのか――これを見極め、動くのが肝要だ」
家康の言葉に、正信は「成程」と頷く。
「殿は、あくまでも『その先』を見据えているわけですな・・・拙者も考えが甘いところが御座いました。殿が野心の為、引き続き奉公致しまする」
正信はそう言って場を辞した。
これを見送った後、家康は背後に現れた一人の僧に、振り向かぬまま話しかける。
「ああは言いましたが、身共も正直、ここで動かざるは、という思いも御座います。だが、本当にこれで良いのですな?」
「ええ」僧侶は応える。
「この試練こそ、明智に必要な道。これで潰えるようなら、天下は徳川のものとすればよい。その際は私も助力いたしましょう。
ただ、私は確信しております。彼らがこの試練を超え、大いなる存在へと上り詰めることを。そのときは、徳川殿。どうぞよろしく頼みますぞ」
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7月。
まずは本願寺勢力の拠点・大坂を抑えるべく、軍を分散させて摂津の高槻城や池田城の包囲を開始する。
だが、突如、淀川を越えて、7,000を超える織田・本願寺の連合軍が襲来。高槻城を包囲する稲葉一鉄の軍に襲い掛かろうとする。
これを見て、隣の池田城を包囲していた加藤清正はすぐさま後詰に向かおうとする。だが、そこに、藤堂高虎が早馬で駆け付けこれを制止する。
「稲葉殿を捨て駒とし、全軍退却せよ。その士気は加藤殿、貴殿が取るものとする」
高虎の言葉に、清正は激昂し詰め寄る。
「仲間を見殺しにしろというのかッ!? そんなこと――」
「するのだ。貴殿はもはや、若き一軍の将ではない。これから天下を牛耳ることとなる明智の軍奉行なのだ。心を鬼にし、最も最善の手を尽くし給え」
「――承知した」
清正は高虎の言に従い、兵を纏め、北方へと逃亡を図る。
その間に、根来・雑賀衆も加えた1,700超もの鉄砲隊が一気に襲い掛かり、稲葉一鉄の高槻城包囲軍2,000は一瞬で壊滅状態に。一鉄自身も囚われの身となる。
勢いに乗る本願寺軍はそのまま追走をしかけ、続けて逃げる清正の軍にも襲い掛かろうとする。
これを清正は全軍に徹底逃亡を呼びかけ、逃げ遅れるものは置いていく。多くの犠牲者を出しながら、ほとんど敗走に近い形で越前の方角へと舞い戻っていった。
「なんや、明智っちゅうんも、随分情けない奴らやな。逃げ足だけは早いようやが、加賀の一向衆たちと挟み撃ちにして饅頭みたいに押し潰したるわ」
輿の上で大声で陽気に語る顕如に、周囲の兵たちも大笑いしながら行軍していく。緒戦の幸先良い勝利もあり、彼らの意気は高く、顕如の言葉に従えば全てうまくいくと信じきっていた。
その顕如のもとに、一人の坊官が近づき、馬上から耳元で囁く。
「顕如様、その加賀で御座いますが・・・越前の明智に寝返った朝倉勢、飛騨の姉小路勢、そして・・・越中からの上杉勢の侵攻に遭い、苦境との由。挟み撃ちどころではないようです」
坊官の名は下間頼廉。顕如の信頼する側近中の側近である。
「上杉、やと?」
「ええ、明智の要請に応じ、上杉景虎が明智方での参戦を決めたとのことです。すでに井波城や石黒城、鳥越城までも攻め落とされているとのことで、越前に逃れる明智軍と合流されると厄介かと思われます」
「景虎て・・・何や、死んだんやないんかい。不死身か! 一体いまいくつやねん」
「いえ、謙信と名を変えた方の景虎ではなく、その養子となり謙信死後これを継承した者となります*3」
「どっちでもええわ! マジかいな・・・上杉と本願寺は水と油。アイツら、この隙に加賀を奪い取るつもりやな。ほんま、こすい奴らやわ」
「どう致しますか? このまま越前まで奴らを追いかけても・・・」
「逆に奴らの思う壺っちゅーわけやな。危ないところやった。新鮮な情報、おおきにな。しゃーない。全軍、引き返し、奴らの本拠、坂本を襲うで!」
8月30日。
越前、一乗谷。
「大義であった、御次。見事、義景を捕えたようだな」
「上杉殿が破竹の勢いで加賀を平定してくれたがゆえ、義景もついに観念してくれたようだ。上杉殿のお陰だよ」
そう言って秀勝は陣幕の向こうに居並ぶ、上杉の威容を指し示した。
「此度は御助力頂き、誠に感謝申し上げます」
光慶が近づき、声をかけると、一団の先頭に立っていた男がにこやかな笑顔と共に手を差し出してくる。
「いや、我々としても、長年争い合っていた加賀平定のきっかけが出来、都合が良かった。それに信房殿と言ったか、彼の口上たるや、見事なもの。御屋形様亡きあと、久しく忘れかけていた義の精神を、家内一同思い出させて頂けたように思う」
「ほう、そうですか・・・勿体なきお言葉。
で、あれば上杉殿。その義が為、何卒お力を貸して頂きたい」
「ああ、そのつもりだ。早速伺おう。すでに本願寺軍は貴殿が城、坂本を包囲しておると聞く。早くいかねば、危険であろう」
10月。
上杉軍と合流し、数の上では織田・本願寺連合軍を上回ることができた明智軍。そのまま西近江路を南下し、坂本の眼前にまで迫るが――。
「本願寺軍、撤退の構えを見せております。湖を渡り、対岸の野洲に向けて逃れるつもりの御様子」
伝令の報せを受けて、先行していた明智軍・加藤清正隊は焦りを見せる。
「に、逃がすか! 先に我らだけでも先行し、足止めをさせねば・・・」
「待て、加藤殿。これは明確な罠だ。無理に上陸戦を仕掛けてこれを叩こうとすれば、野洲にて構えている奴らの鉄砲隊の餌食となるだろう」
「じゃあどうすりゃいんだ? そうやっていつまでも追いかけっこを繰り返しているばかりじゃ戦いが長引いて不利になる。どこかで仕掛けなければなるまい」
高虎の言葉に、苛立ちを隠さぬ様子で清正が言う。
「うむ。先ほど、上杉軍の河田殿ともその話となった。ここは、二手に分けるが吉」
「二手?」
「ああ――我々明智軍は、奴らを「追うふり」をして、少し遅れて野洲方面へと乗り込む。一方で上杉軍にはそのまま坂本から南下して頂き、京へと向かっていただく。そのまま大坂方面を狙うが如くな」
12月。藤堂高虎の言葉通り、明智・上杉軍は坂本から二手に分かれることとなった。まずは加藤清正を中心とする明智軍は野洲からさらに東、織田信雄が居城となった安土へと進路を向ける。一方で上杉景虎率いる上杉軍は安土から峠を越えて京都へと侵入しようとしていた。
これを受けて、野洲上陸後に南下し、大坂方面へと向かおうとしていた織田・本願寺連合軍の中は騒然となる。
「なんやて――? 織田軍が勝手に、東へと動き出したと?」
「ええ。何でも、総大将の尾張殿が、このままでは明智軍に安土を包囲されてしまうから、と――奴らが二手に分かれるならば、こちらも二手に分かれるのが道理だとかなんとか」
「阿呆か! そんなん、罠に決まっとるやろが! 羽柴は、羽柴はおらんのか。保護者がしっかり、坊主の頭ひっぱたいて言うこと聞かせなアカンやろ!」
「それが、羽柴殿は体調を崩され、長浜へと帰城されたとの由」
頼廉の報告に、顕如は頭を抱えた。
「アカン・・・織田ももう、人手不足やな・・・頼廉、ほんならしゃーない。覚悟決めたってや」
「――は」
顕如の恐れは的中することとなる。
織田軍の単独行動の開始を確認すると、ただちに明智軍は進路を反転。
自分たちも笠取山を越えて、槙島城に向けて一気に行軍を開始した。
これで、数的にも圧倒することとなった明智・上杉軍。頼みの鉄砲隊で応戦するも、多勢に無勢であった。
明智軍としても圧勝という程ではなかったものの、開戦から半年以上が経過して、ようやく掴んだ勝利であった。
謀れたことに遅ればせながら気づき、急いで引き返してきた織田軍が槙島城に到着したのは、すでに勝敗が決した後であった。
当然、この戦いも織田軍に勝てる見込みなどなく。
織田軍はただ徒に、兵を削り失うだけとなってしまった。
その後も坂本、そして甲賀と、それぞれで戦いを繰り広げるも、いずれも明智・上杉連合軍が快勝。
慶長7年(1602年)6月には織田軍の総司令官であった蒲生氏郷が、加藤清正によって討ち取られ、瓦解。
かくして、抵抗する気力を完全に喪失した織田信雄は、同年7月6日に降伏を受け入れ。
畿内の領土を全て明智に明け渡し、ここに、明智家による畿内平定が完了したのである。
「――そうか。ワシらは、負けたか」
病床に伏せる羽柴秀吉は、か細い声で呟いた。
「ええ。負けました。完敗です。尾張殿はなおも和泉・播磨の地にて抵抗を続けるようですが、我々は明智に降ることを決意しました」
秀吉の養子であり、後継者となった羽柴光元は神妙な顔つきで養父に報告する。
「それでよい。もっと早く、その選択を取れていれば、おぬしも苦労せずに済んだのだろうがな・・・」
「いえ、これは必要な試練と思っております。私もここから、新たにこの羽柴の名を大きくさせていくこととしましょう。父上の才を引き継いでいるとは言い切れませんが、それでも、父の子としての責務を、果たしたく存じます」
光元のその言葉と表情を見て、秀吉は最後に笑顔を作った。
「ワシは戦って、戦って、勝ったり負けたりしながらひたすらに忙しかったが――ああ、良い人生じゃったわ」
歴史に名を遺す巨星、羽柴秀吉。その65年の生涯は、「慶長の役」終結を待っていたかのようなタイミングで、幕を閉じた。
さらなる高みへ
慶長の役の終戦から3日。
光慶は越前に向けて馬を急ぎ走らせていた。
当地にいる秀勝より、信じられぬ報告を受けたのである。
「――乙寿」
一乗谷に着いた光慶を、気まずそうな表情をした秀勝が出迎える。
「すまない、ワシが見ておきながら」
秀勝が案内したのは、織田信長公暗殺の「容疑者」朝倉義景が捕えられていた洞窟。その奥の牢の中は空となっており、周囲は大量の血の跡が滲んでいた。
一乗谷陥落後捕えられつつも、乱の平定までその取り調べを後回しにしていたことが、裏目に出た。加賀の一向宗の残党を監視し、畿内にも数多くの人員を割かねばならなかったことで手薄となったこの牢に何者かが侵入し、見張り共々朝倉義景を惨殺したのである。
予想は、するべきだったのかもしれない。
信長公暗殺、その真相の背後には、何かとてつもなく大きなものが、隠れているようだ――。
「致し方あるまい。あとは義景の関係者への聞き込みと調査を続けるよう、舞には命じておく。
この先、より高いところへと進むことによって、見えてくるものもあるだろう。儂は儂で、やるべきことをやるだけだ」
一年後。
慶長8年(1603年)夏。
幾多もの内紛を経て、武田家当主は信玄の曾孫・勝頼の孫にあたるわずか9歳の義信に移っていた。内紛はそれでもやまず、のみならずかこの隙を突いて徳川家が武田家に対しての侵攻を開始していた。
これを受けて光慶も武田領への侵攻を決意。慶長10年(1605年)1月「甲州征伐」を開始する。
翌年11月にはこれも完了。畿内から関東に至るまでの広大な領域を明智の名の下に領有。天下に並び立つ者のいない存在となったことは明白であった。
そして、これを受け、慶長11年(1606年)12月24日。
京都、二条御所の光慶の邸宅に、後垂仁天皇の勅使が訪れた。10年前同様に訪れた晴豊の嫡男である勧修寺光豊である。
「此度は畿内平定、並びに甲州平定、誠に祝着至極に御座います」
深々と頭を下げつつ述べる光豊の表情は、父と比べるとより固く、緊張している様子が見られた。
「つきましては、我が父からもお話があったかと存じますが、改めて、明智殿には我らから三職――即ち、関白、太政大臣、征夷大将軍のいずれか――を推任させて頂きたく」
すでに京都所司代の村井を通じて話の内容を光慶は確認しており、すでに答えは決めてはいた。
だが、光慶はその答えを出すよりも前に、別の質問を光豊に投げかけた。
「かつて、信長公にも、同じように三職の推任がなされたと、聞いております。その際の、信長公のご回答について、御存じだろうか?」
光豊がこの質問に対し、びくりと肩を震わせたのを、光慶は見逃しはしなかった。光豊は震えた声で応える。
「――そのようなことがあったなどと、存じてはおりませぬ。あったとしても我が父上によるものだと思われますし、私もまだ幼い頃の出来事でしょう。そも、当時はまだ武田も朝倉も、そして足利も健在だった頃合い。参議や右大臣ならまだしも、いきなり三職などというのは、あまりにも飛躍しておるかと」
「そうですね。それ故に、それが事実であれば、あまりにも異例なこと。これを出された御上の側にも、随分と焦りがあったのだろうなと推察されます。ましてや――これを信長公が拒否したとなれば、その焦燥感、如何ばかりのものか」
光豊は顔を上げ、光慶をまっすぐと見据える。その視線には怯えではなく、どこか覚悟を決めたような、鋭い光が含まれていた。
「村井殿がお話をされていたのですか? いずれにせよ、繰り返しになりますが、我が身には預かり知らぬところ故、御答えは出来かねます。
それよりも明智殿。明智殿は如何なるお答えをされるおつもりですか? 我らの、この三職の申し出について」
暫し、沈黙が二人の間を支配した。
違いの目線は外されることなく、その瞳、眉、流れる汗の一筋ですら、そこから何かを読み取ろうとする緊張感が漂っていた。
「――お戯れが過ぎましたな。
もちろん、受けさせていただきます。征夷大将軍として、新たなる幕府を開かせて頂ければと存じます」
光慶の言葉に、光豊の緊張の糸も少し切れた様子を感じられた。
いずれにせよ――ここでこれ以上分かることはない。すべては、もっと「上」を手に入れてからだ。
「承知いたしました。征夷大将軍の任をお渡し致すよう、進めさせて頂きます。
何卒、天下を治め給う。決して、一代で倒れるようなことがなきよう」
光豊の言葉に、光慶は頷く。
本当の戦いは、おそらくはこれからだ。外にも、内にも――。
かくして慶長12年(1607年)1月18日。
明智光慶は晴れて征夷大将軍へと任命され、新たなる幕府を開くこととなった。
これを受け、近隣の徳川家康や一色などが次々と臣従を受け入れることに。
その後、本願寺や和泉・播磨の織田信雄の残存勢力を次々と平定。その途上で織田方と同盟を結んだ毛利とも対決するもこれも即座に打倒し、慶長14年(1609年)にはまさに天下随一の勢力を誇るほどとなっていった。
もはや、天下一統は眼前に迫ってきている。
明智の名は、新たなる時代を作りし家の名として、後世に遺ることとなるだろう。
その先にあるのは、明智家としての、最後の願いーー。
ときはいま あめがしたしる さつきかな
明智光秀の再演 完
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