登場人物紹介(867年時点の年齢)
ハサン・イブン・ザイド(36)・・ザイド教団の指導者。
ムハンマド・イブン・ザイド(35)・・ハサンの弟。
ロスタム・イブン・カーリン(21)・・ハサンの臣下。マーザンダラーンの領主。
ワフスダン・ジュスタン(32)・・ギーラーンの領主。
スライマーン・イブン・アブドゥッラー(46)・・ターヒル朝の将軍。
ムハンマド・イブン・ターヒル(26)・・ターヒル朝アミール。
9世紀、中東。
それまでこの地を支配していたアッバース朝の勢力が衰退したことで、この地には混乱の時代が始まりつつあった。
アッバース朝の最盛期を創出した第5代カリフ、ハールーン・アッ=ラシードの死後、その2人の息子による内紛の末に、帝国は分裂し、ホラーサーンでは武将のターヒルが独立し、ターヒル朝が新たに興ることとなった。
さらにこのターヒル朝が、スィジスターン地域で台頭したサッファール朝によって押し込められると、9世紀後半には、中東の地に、3つの勢力が鼎立する形となった。
そして、そこに、第4の勢力が現れる。
彼らは、第4代正統カリフ・アリーの子孫のみが正統なイマーム(指導者)であると主張するシーア派の一派であり、特に、アリーの曾孫で、ウマイヤ朝に対し反乱を起こしたザイド・ブン・アリーに忠誠を誓う「ザイド派」の勢力であったことから、ザイド朝とも呼ばれる、カスピ海南岸の小勢力であった。
彼らは864年、アリーの子孫とされる「宣教者(ダーイー)ハサン」の指導の下、ターヒル朝に反乱を起こし独立する。
史実ではその後、ハサンの死後にサッファール朝や新たに台頭したサーマーン朝によって攻められ、わずか半世紀で独立を失うこととなる彼らだが、今回はそんな彼らによる「異なった歴史を歩む中東」の姿を追い求めてみたいと思う。
誰よりも公正さを重視し、そして抑圧者に対する反抗への勇気を尊ぶザイド派。
英雄「宣教者ハサン」とその後継者たちによる、正義と勇気の信仰の物語が、幕を開ける。
Ver.1.11.0.1(Peacock)
使用DLC
- The Northern Lords
- The Royal Court
- The Fate of Iberia
- Firends and Foes
- Tours and Tournaments
- Wards and Wardens
- Legacy of Perisia
使用MOD
- Japanese Language Mod
- Historical Figure Japanese
- Nameplates
- Big Battle View
目次
第2話以降はこちらから
ギーラーン攻略戦
867年1月25日。西タバリスターンの都市ザンジャーンの礼拝堂の一角で、一人の男が祈りを捧げていた。
そこに、別の男が入ってくる。
「兄さん、戦士たちの準備ができたようだよ」
言いかけて、彼は口をつぐむ。彼の兄は今、熱心に礼拝を続けている。彼の礼拝の邪魔をすれば、たとえ肉親であったとしても赦すことなく苛烈な処罰を下すであろう。
やがて、暫しの時間を経たのちに、その男はすくっと立ち上がり、ムハンマドに向き直った。
「待たせたな、ムハンマド。で、用は何だ?」
「ああ・・・戦士たちの準備ができたとのこと」
「戦士・・? ああ、そうだったな。今から我々は、ギーラーンへと攻め込むところだったな」
どこか呆けた様子で答えるハサン。彼は常に、そうだった。いつもどこか夢見がちで、故に信者たちは誰もが彼が常に神と対話をしていると噂し、いつしか彼は「神によって宣べ教える者(ダーイー・イラルハック)」と呼ばれるようになっていった。
だが、それが敬意と共に語られるのは、そんな彼が指し示した道が常に正しく、まさしく神の言葉と同義であるかのように感じられたが故である。
忌まわしきターヒル朝の将軍スライマーンを打ち倒し、絶望的な反乱を成功させ、こうしてタバリスターンの地で独立を保てているのも、この兄の指導によるものでしかなかった。
そんな兄が、次なる道を指し示した。それが、隣国ギーラーンへの侵攻であった。
ここは、同じザイド派のダイラム人ワフスダンが統治する独立国家であったため、多くの信徒たちがハサンの決定に少なからず驚いていた。
しかし、ハサンは決して、自分の決定の説明をしない。それを代わりにやるのは、弟であるムハンマドの役目であった。
ムハンマドは信徒たちに説く。ワフスダンは確かに同じザイド派の信仰を共有しているが、一方で彼は、ザイド派において罪とされる「独善的」な性格の持ち主であり、それは正しき信仰に反しているものである。
そして、先達ての反乱に成功したとは言え、未だ周囲は強大な異端派たちに囲まれており、いつ押しつぶされたとしてもおかしくはない。ゆえに、同じザイド派の同胞同士が手を取り合う必要があり、その中でワフスダンの存在は邪魔であり、排除すべきとハサンが判断したのである、と。
最後に強調した「ハサンの判断」という言葉で、集まっていた信徒たちは熱狂し、賛同の声を挙げた。ムハンマドは、自分の理論が兄の政治を支えているという自負はあったが、一方で兄なしではこのウンマ(共同体)が成り立たないことも十分に理解していた。
熱狂と共に気勢を上げる集団とその先頭に立つムハンマドのもとに、軍装を整えたハサンがやってきた。
「それでは、行くぞ」
信徒たちに何か刺激的な言葉を言うでもなく、ただ淡々と、為すべきことを為すという感じで一人先へ進もうとする彼の背後に、信徒たちがまた、何も疑うことのない純真な瞳でついていく。
このウンマに、不可能はない。かつて、勇敢に支配者に抵抗し、敗北しながらもその意志を継承した英雄ザイドの如く、我が誇り高き兄ハサンは、このウンマに更なる栄光をもたらすことだろう。
そのことを、ムハンマドも疑うつもりはなかった。
しかし一方で、「兄亡き後」のことも、心配性のムハンマドはつい、考えてしまうのであった。
同日、「宣教者」ハサン率いる1,099名の戦士たちが、隣国のギーラーンへと攻め込んだ。
ワフスダンは峻険なアルボルズ山脈によって守られた難攻不落の要塞ダイラムに籠っている。初期のアラブ人イスラーム帝国の侵攻においても、このギーラーンに関しては山岳による天然の要害故に侵略を免れ、9世紀に入るまでイスラーム化がなかなか進展しなかったほどである。
当然、その山岳を攻めるハサンの軍勢も、有利な高地から放たれる敵の弓兵の雨を前にして、数多くの犠牲者を出す始末。
それでも、ムハンマドが先頭に立って勇敢に敵兵に立ち向かい、次々とこれを薙ぎ払い、討ち取っていく。
最終的に1か月ほどの戦いを経て、3月4日。山上の砦を守る敵兵を全て敗走せしめ、見事勝利を果たしたのである。
その後はダイラムの砦を包囲し、攻め立てる。さしもの堅城も、陥落は時間の問題と思われた。
が、そこに、思わぬ横槍が入ることとなる。
スライマーン将軍の復讐
867年11月4日。
突如として、かつてハサンが打ち破りタバリスターンから追い出したターヒル朝の将軍スライマーンが、その復讐のために宣戦を布告してきた。
ただちに領内に侵入してくるスライマーン軍。
それだけならまだしも、さらに漁夫の利を得ようとしてか、同じくターヒル朝の臣下であるカリン家のバドゥスパン・イブン・グルザドまでもが、彼の一族の旧領である東タバリスターンのマーザンダラーンを要求して宣戦布告してきたのである。
一気に三戦力との同時衝突を余儀なくされたハサン。絶体絶命の危機に陥ることとなった。
「どうする? 兄さん」
ムハンマドが陣幕の中のハサンに尋ねる。
「最悪、バドゥスパンが要求しているマーザンダラーンの地を与えてしまうという手はありうる。ダイラムも間もなく陥落し、ワフスダンは降伏に追い込めるだろうし、スライマーンの兵だけならば、何とでもなりうるだろう。
それに、マーザンダラーンを支配するロスタムは、スライマーンと手を結んで我々と敵対したカーリンの息子だ。今は服従を誓っているが、いつ裏切ってもおかしくはないし、寧ろ今回スライマーンを引き入れたのも彼かもしれない。そんな男の領地を守ってやる必要はないようにも思えるが」
ムハンマドは現実的な選択肢を提示したつもりだった。
だが、ハサンはそんなムハンマドの顔を無言でじっと見つめた末に、返答した。
「いや」
にべもない兄の返答に、ムハンマドの内心の焦りが加速する。
「彼は父と違い、我らの下につくことを自ら選んだ。それならば、我々は彼を護る義務がある」
「では・・・どうやって奴らに対抗すると? ワフスダンのことを考えずとも、その総兵力は1,300と、我々の兵数を超えており、また各個撃破するにしても我々の兵力もすでに疲弊し尽しているのだぞ」
「すでに、遣いは出しておる。間もなく、到着する頃合いだろう」
「え・・?」
ハサンの意外な言葉に驚くムハンマドの背後から、来客を告げる伝令の声。
振り返ると、そこにはいかにも戦争の熟練者といった風貌の男が立っていた。
男が聞きなれぬ言葉で何事かを伝えると、脇に構えていた小男がアラビア語で翻訳し、こちらに伝えてくる。それによると、彼らは遠き北方、黒海沿岸のアランを本拠地とする傭兵団なのだという。
「兄さん、いつの間に・・・」
「東方で怪しい動きがあることは、すでに耳に入っていた。その情報をもたらしたのは他でもない、マーザンダラーンのロスタムだ。我々を裏切ろうと考えている輩が、そんな情報を教えてくれると思うかね?」
ぐうの音も出ないムハンマド。やはり、兄は何を考えているか理解できないが、我々凡人には見えないものが見えている。そして、彼の言葉通りに進めることが、すべて正しいということも、改めて理解した。
「・・・分かったよ、兄さん。僕の負けだ。傭兵団の力も借りて、侵略者たちをすべて撃退してみせる」
「ああ、神聖なる我らが土地に踏み入れるものは誰一人生かして帰すな」
ダマーヴァンドの決戦
867年12月16日、9ヶ月に及ぶ攻城戦の末、ついに山上のダイラム砦が陥落。ワフスダンの息子アリーも捕えたことで、ついに彼も降伏の道を選んだ。
すでにマーザンダラーンのアムール砦をスライマーンの軍勢が包囲中。スライマーンとしては、かつての同盟者ロスタムがすぐに靡いてくれるだろうと踏んでいたのだろうが、ロスタムはこれを受け入れず必死の抵抗を試みていた。
だがそれも、決して長くは続かないだろう。ハサンたちが助けに来ることを信じて待ち続けるロスタムの為にも、急ぎ軍を派遣する必要がある。
ハサン率いるザイド教団軍と、クルク率いるアラン人傭兵軍。合計1,400弱の兵で一気にアムール砦へと突入していく。
そして868年2月26日。このアムール砦での戦いに見事勝利。スライマーンの軍勢を敗走させる。
さらにクルクの傭兵団はそのまま、スライマーン将軍の本拠地ゴルガーンの包囲を開始。
そしてハサンは、傭兵団の一部の兵力も引き連れて、アルボルズ山脈内に逃げ込んだスライマーンを追い詰めることとなる。
「将軍、周囲は完全に反乱軍によって包囲されております」
副官の報告に、スライマーンは無言で唇を噛み締める。
「さらに、ゴルガーンも敵軍により包囲されているとの報告も御座います。そちらから援軍を得ることは難しいかと」
「それは分かっている。だが、バドゥスパンは何をやっているのか。奴らも共に反乱軍に対し兵を挙げたというのに、協調する気はないのか」
「彼らは別途反乱軍支配下のクワルに兵を進め、包囲を行っていると聞きます」
「愚かな・・・我々がやられれば、次は自分たちの番であることが何故わからん・・・ムハンマドはどうだ。このまま異端の反乱者の好きなようにさせて、ターヒルの子孫としての矜持はないのか」
スライマーンは彼の甥で現在のターヒル朝アミール(君主)であるムハンマド・イブン・ターヒルの名を呼び、非難する。
「すでに急使は派遣しており、間も無くその反応が返って来るかとは思いますが・・・」
副官は慌てながらも答える。スライマーンは苛立った様子で「もう良い」と吐き捨てる。
「何たる屈辱・・・たかが地方領主に過ぎない異端の徒に、かくも二度、三度と敗れることになるなど・・・奴らは一体何なのだ。何があのハサンという男に力を与え、その兵たちはかくも高い士気を保てているというのだーー」
「ーー将軍! 反乱軍の攻撃が始まりました!」
スライマーン将軍の言葉は、敵軍の接近を知らせる兵の報告により遮られた。
868年11月14日。
アルボルズ山中ダマーヴァンドにて繰り広げられた決戦は、ハサン軍の圧倒的勝利に終わる。戦いの中でスライマーン将軍の次男イスハーク・ターヒルが重傷を負うという報告も耳にした。
しかし、肝心のスライマーン将軍の身柄を拘束することは、できなかった。
講和
「スライマーンを取り逃しただと?」
報告を受けたハサンは眉間に皺を寄せ、ムハンマドを睨みつけた。
「あ、ああ・・・スライマーンの影武者は居たが、本人の姿は影も形もなかった。確認できた敵兵は全て殲滅している為、側近のみを引き連れて少数で抜け出したようだ」
「――どこまでも卑怯な男だ。山狩りを行いつつ、主力はゴルガーンへ向かえ。奴の本拠地を灰燼に帰してしまえば、いずれにせよ奴の再起は無くなるだろう」
ハサンの言葉に従い、ムハンマド率いるザイド軍主力はクルクのゴルガーン包囲軍と合流すべく山を下りた。
しかしそこで彼らは、アスタラーバードの平原に展開する、ターヒル朝アミール・ムハンマドの直属兵2,600の姿を目にすることとなる。
「これがアミールの出してきた講和の条件だ」
弟ムハンマドの差し出した羊皮紙に少しだけ目を通した後、ハサンは無言のままムハンマドに説明を促した。
「スライマーン並びにバドゥスパンとの戦争の即時停止。領土の割譲も無しとする。代わりにそれぞれ109ディナールおよび80ディナールの賠償金を支払い、また人質も供出するものとする」
「お前ならどう考える?」
ハサンの問いかけに、ムハンマドは一瞬の逡巡を挟んだ上で回答する。
「――引き受けるべきだと思う。アミールの軍勢は2,600を超える。傭兵団を加えたとしても、我々が到底敵う相手ではない。一方で、アミール側もできれば我々と衝突することは好ましくないと思っているのも事実だ。何しろ彼らは、目下隣国のサッファール朝との戦争に明け暮れており、すでに領土もいくつか奪われている状況。こちらの混乱は早々に収めたいと考えているだろう」
「故に、破格の賠償金を差し出してもいる。人質を取ることでスライマーンらの再度の攻撃は抑制することもできるだろう。これは引き受けるべきかと」
必死に冷静さを装いながら澱みなく説明していくムハンマドを、ハサンは無言で睨みつける。ムハンマドは今にも兄が怒りと共に立ち上がり、講和の破棄と軍勢の突撃を命じるのではないかと恐れていた。
だが、彼も引く気はなかった。ここで奴らに抵抗すれば、この戦いの敗北どころか、せっかくここまで作り上げてきたこのウンマの、破滅を招くことになりかねない。
だから、彼は何が何でも兄を止める気でいた。
そんなムハンマドの決意を感じ取ったのか、暫しの沈黙の後に、ハサンは結論を下した。
「――分かった。お前の言う通りにしよう。先ほどの条件で、アミールとの講和を締結する」
ムハンマドは思わず肩の力を抜き、安堵の溜息を吐いた。
「但し、この屈辱を決して忘れてはならぬ。スライマーン及びバドゥスパンと共に、必ずやターヒル朝のアミールには復讐しなければならぬ」
ハサンのその言葉と迫力に、ムハンマドはただ黙って頷くほかなかった。
かくして868年11月15日、ターヒル朝アミール・ムハンマドの仲介により、ザイド教団の長・ハサンとスライマーン将軍及びカリン家のバドゥスパンとの講和が成立。スライマーンとバドゥスパンはハサンへの多額の賠償金支払いと人質の供出を行う代わりに、両者の間に領土のやり取りは一切なくこの戦いを終結させることに双方同意した。
これにより、867年勃発のギーラーン侵略戦争以降の混乱はひとまずの落ち着きを取り戻すことができ、ザイド教団は無事、領土拡張を成功させることができたのである。
が、ハサンはその活発な動きをすぐさま止めるつもりは一切考えていなかった。
彼はこの先の大望を果たすべく、すぐさま次なる手を打とうと考え始めていた。
それは、倒すべき相手であるはずの、スンナ派カリフ、アッバース家の者との同盟という、信じられない方法でもあった。
第2回「最期の時」へと続く。
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