リィマー・フォン・ラーヴェンスベルクは――世界の多くの人がそうであったように――父ヴァルベルトのことを好きではなかった。
むしろ彼は、父が憎んでいた母ユディタのことを強く慕っていた。彼は彼女の影響を強く受け、寛大な心を養い、育んでもいた。
だから彼が16歳のとき、母ユディタがエジプトにいる父に対し一方的に関係の終了を宣言し、愛人であったハンガリー人の男との再婚を果たした際も、父のもとに赴くことはせず、ポーランドの母のもとに残った。
そこで彼はポーランド人として育ち、ポーランド人の家臣に囲まれてフスホヴァ伯として実際の統治も行っていた。
ただ、母と再婚相手のドナートとの間の子ヴシェブルとの関係は決して良いとは言えなかった。母の持つポーランド王位の継承候補者としてライバル関係にあり、心優しいが平凡なリィマーに対し、聡明さを見せるヴシェブルの方が、宮廷内では支持する勢力が多かったという。
最も、リィマー自身はそこまで王位に興味はなかった。彼はむしろ戦場で戦働きをしている方が性に合っていた。このまま弟が王位を継ぐのであれば、自分はその剣となって忠誠を誓い戦おう――そんな風に、思ってもいた。
だが、状況は1198年の夏に一変する。
その日、そんなところにいるはずもない凶悪な毒蜘蛛の存在によって、母ユディタの命は永遠に奪われたのである。
混乱する宮廷内。そこに、皇帝となっていた父ヴァルベルトが介入する。そして彼は教皇も後ろ盾に置いた上で、法に則ってリィマーが王位を継承することを王国に「強く求めた」。
その時すでに、その底知れぬ恐ろしさ・容赦なさについて広く知れ渡っていたこの世界最大の権力者ヴァルベルトの意向を無視できるほど、ポーランド王宮の力は強くはなかった。
かくして、1198年6月22日。リィマーは晴れて独立したポーランド王として即位。
だがもちろんこれは、父の彼に対する愛の現れなどでは決してなく、ただ単に将来的なポーランド王国の帝国への編入を狙っての政治的な策略であったことはリィマーも十分に理解していた。
彼は父に対する不信感をより強めていくこととなる。だが、彼に為しえることは多くはなかった。彼は黙々とその忠義の剣を、父皇帝のために振うだけであった。
そして、1203年7月16日。
前年に始まった第4回十字軍がキリスト教勢力の連戦連敗によって窮地に立たされていたとき、突如として父皇帝は崩御のときを迎えた。
最後まで誰からも理解されず、狂気の裡に没したという父。
その死の報せを携えてリィマーのもとにやってきた使者の声色からも、どこか安堵したかのような響きが感ぜられてもいた。
いずれにせよ、これでリィマーは「皇帝」となった。
3万の兵を束ね、バルト海から紅海に至るまでの広大な領域を治める重責を突如担わされることとなったリィマーは決して気楽な思いではなかったものの、与えられたからにはその責任は全うするつもりであった。
ここにおいて、ラーヴェンスベルク朝第5代皇帝リィマーの治世が開始される。
そしてそれは、この物語における最後の主人公でもある。
果たして、ドイツ辺境の地より出でし無名であった「きつね」の一族は、いかにしてこの世界の歴史に名を刻んでいったのか。
その最後のお話を、とくとご覧あれ。
「きつね」の一族の物語、その最終章が幕を開ける。
Ver.1.10.2(Quill)
使用DLC
- The Northern Lords
- The Royal Court
- The Fate of Iberia
- Firends and Foes
- Tours and Tournaments
- Wards and Wardens
使用MOD
- Japanese Language Mod
- Historical Figure Japanese
- Nameplates
- Community Flavor Pack
- Ethnicities & Portraits Expanded
- More Background Illustrations
- More Holding Graphics
- Big Battle View
目次
第六話はこちらから
エジプト王の反乱(1203-1205)
生前の「恐怖帝」ヴァルベルトは、自身が皇帝になったときと同様、各諸侯に圧力をかけ死後の息子の帝位継承を内諾させていた。
勿論、諸侯はこの「恐怖帝」の死後にその約定を守るつもりはさらさらなかったし、新たな皇帝候補であったポーランド王は将軍としては有能でも統治者としては人格者すぎるきらいがあり、皇帝選挙は諸侯がコントロールすることもできるだろう、と睨んでいたところがあった。
しかし、そのヴァルベルトの死が、まさかの第4回十字軍劣勢の混乱の中で引き起こされたことにより、諸侯もさすがに悠長に皇帝選挙をやっている余裕はなくなってしまった。
よって、暫定的に生前の約定通りリィマーをひとまずの皇帝として推戴することで諸侯の思惑は一致し、リィマーが「世界の帝国」の皇帝として即位。
一方で、諸侯はそのラーヴェンスベルク家の支配からの解放を目指し、早速暗躍を開始しつつあった。
そして1204年2月7日。劣勢を覆すことのできなかった第4回十字軍はカトリック勢力の敗北という形で終焉を迎える。
諸侯はこの責を新皇帝リィマーに負わせ、彼の弟であるエジプト王デザルドを旗頭とした16諸侯の連名による「独立要求」を突き付けることとなった。
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「難儀なことになりましたね、皇帝陛下」
ヴェネツィアへと向かう船の上で、カリポリス伯ヘクトリオスはリィマーに対し話しかける。かつて、アルブレヒト帝とヴァルベルト帝の二代に渡りその帝権を支えてきた帝国家令グレゴラスの嫡子であり、「賢者」と称されるほどの叡智を認められたこの男は、リィマーの代においてもその側近として智慧を授ける役回りに任命されていた。
「腹立たしいのは、彼らの言い分です。十字軍の敗北の責を問うておりますが、陛下が戦況を立て直そうとしていたところで、それに協力するでもなく公然と反乱の為の派閥形成に精を出して足を引っ張っていたのは彼らだというのに。言うなれば敗北の責は彼らにこそあり、と私は思っております」
「いや、あのまま戦いを続けていたところで、勝利の芽はなかった。この道は避けられなかったよ・・・」
「それはそうかもしれませんが、しかし陛下の号令の下、整然たる撤退と異教徒たちとの実質的な『引き分け』を引き出すことができたのは、陛下の決断と武威によるものと理解しております。誇りをお持ち下さい」
賢者ヘクトリオスのその言葉に、リィマーも少しは自信を取り戻す。神から与えられたこの皇帝の地位を責任をもって全うするつもりではあったが、弟にまで反旗を翻えされたことでやや弱気にもなっていた。
あとは、この後の交渉が肝になってくる。
「果たして、彼が今回の話に乗ってくれるかどうか・・・」
リィマーの視線は、船首の先にある水の都――そしてその背後に控えるアルプスの山々とその「先」に広がる世界へと向けられていた。
1204年6月。サン・マルコ大聖堂。
ヴェネツィアの地に辿り着いたリィマーたちを、主権総督ジゼルベルトが出迎える。ラーヴェンスベルク家が帝位を失っていた時期も変わらずその同盟関係を維持してきていたヴェネツィアは、新たな総督であるこのジゼルベルトの代も変わらずの協力関係にあった。
ジゼルベルトが設定した会合の場には、すでにもう一人、参加者が到着していた。帝国宰相も務めるプロヴァンス公ベルトラント4世。交渉術に長け、5か国語をも使いこなす帝国きっての外交巧者である。
本来であれば彼もまた独立派閥に与しても良さそうな実力者であったが、生来の臆病さに加え、彼がヘクトリオスの友人であったこともあり、今回は皇帝側につくことになった。
すでに彼の同盟国であるフランス王とも話を通しており、かの国が今回の混乱に乗じて動かないことも保証されているという。
そして、この場にはもう一人、参加者が来る予定となっていた。
「お越しになられました」
主権総督ジゼルベルトの側近が入室し、報告する。上座の中心に座るリィマーの背中に緊張感が走る。
案内に導かれ部屋に入ってきたのは、スウェーデンを治める同族の王アレッサンドロ。リィマーの父ヴァルベルトによって大陸の領土を奪われた彼が、その息子に対しても良い感情を抱いているとは到底思えなかった。
「この度は遠路よりお越し頂き、感謝申し上げます」
プロヴァンス公が恭しく頭を垂れ、アレッサンドロに平伏する。アレッサンドロは無言で用意された椅子に腰かけると、威圧感をもってリィマーを見据える。
すでに、プロヴァンス公の手腕により、細かな条件含め事前に話はついていた。あとは、当事者同士の「けじめ」の問題であり、その責任からリィマーが逃れるわけにはいかなかった。
彼は表情に弱気を見せることのないよう気を引き締め、アレッサンドロに向き直り、口を開いた。
「先帝における貴公への非礼をお詫び申し上げる。この度は改めて一族のそれぞれの長として、世界の安定の維持という責務について、御助力を願いたく」
言いながら、頭を小さく下げるリィマー。対するアレッサンドロは無言を貫いており、やがてリィマーが顔を上げて再び彼を見つめた時、ようやくその重い口を開いた。
「思えば、我々は長い対立の中にあった」
アレッサンドロの言葉の意味をすぐには捉えられず、リィマーは応えに窮する。しかしアレッサンドロは気にする様子もなく続ける。
「戦争王の末裔、と我々は常に蔑まれてきた。一方の貴殿らの一族は寛容帝の末裔であり、正当なる帝国の守護者として讃えられてきた。
だが、我々は常に貴殿らの一族によりその権利を奪われ、血を流され続けてきた。戦争王も、我が祖父マティアス王も、そしてポンメルンの王マグヌスもまた、愚かしくも不足王と手を組む等という選択の末に、無惨に裏切られ、殺された。
我々の間には融和も協力もなく、遺恨と怨嗟のみがあるだけだ。それを忘れてはならない」
アレッサンドロは無表情に滔々と語り続けているだけで、その感情を読み取ることはできない。しかしリィマーは冷や汗が流れ出ることを止められず、いつもは饒舌な隣のプロヴァンス公も言うべき言葉が見つからず狼狽えている様子であった。
しかしアレッサンドロはその口元に微笑を浮かべた上で、言葉を続けた。
「とは言え、我々は結局のところ敗北者だ。王朝の長たる貴殿の命に従うほかない。
スウェーデンの王位とヴェローナの公爵領の保全を認めてもらうことに条件に、約定通り貴殿らに協力し、兵も出すことに同意しよう」
アレッサンドロの言葉に、リィマーは心の底から安堵した。プロヴァンス公も同様に安心したようで、空気が弛緩するのを感じた。
「・・・ありがとう、スウェーデン王。私も貴公との約束を守ることを保証しよう。願わくば、この約定が、我々の一族同士の、永遠の和解へと繋がらんことを」
「そうだな・・・そうであれば、確かに望ましいだろう。
だが、気をつけたまえ。我々の中には貴殿らを決して赦すことのない、強い復讐の焔を滾らせている者もいるということを」
かくして、スウェーデン王とヴェネツィアの助力が確定し、叛乱軍との戦いが本格的に開幕する。叛乱軍側も5万5千もの兵を用意してはいるが、同盟国の軍も合わせた皇帝側も5万超の兵を集めることができた。あとは戦略の問題だ。
エジプト王の軍勢は弟(デザルドの兄)のイェルサレム王フォルクインに、南イタリアのカラブリア公の軍勢は一族のカプア公に、南仏のサヴォイ公の軍勢はプロヴァンス公に対応を任せ、リィマー自身は急ぎコンスタンティノープルに帰還した上で、精鋭部隊を率いてアナトリア半島の叛乱軍オプティマトーン公やブーケラリオンと対峙することに。
リィマーの到着を待たずして兵を集め先行したベネデット・ペーポリ将軍は、まず寡兵のオプティマトーン公軍を追いかけ、その本拠地オノリアスでその軍勢を全滅させる。
その後も順調にアナトリアの叛乱勢力を鎮圧していくが、12月になったところでついに敵の主力2万超が半島に上陸。
コンスタンティノープル第一軍単体では、この物量に敵うはずもなく、まずは並行して軍を進め様子を見つつ、東部に展開していた1万の軍との合流を図ろうとする。
が、敵軍もすぐにこれに気付き、一部の部隊が反転してモドラの地で帝国軍を襲撃。
援軍としてやってきたスウェーデン王軍もすかさずこれを援助に回るが、敵側の後詰に1万6千の本隊がやってきている。
東方に派遣していた部隊の一部が強行軍で戻ってくるが、間に合わない。
最終的にはこのモドラの戦いは大敗北に終わり、アナトリアでの主導権が叛乱軍側に傾きつつあった。
同じころ、南仏のサヴォワでも不意を突かれた帝国軍が壊滅したとの報がリィマーのもとに届く。
趨勢は叛乱軍側に有利かと思われていたが・・・
1205年5月。
突如、エジプト王デザルドの居城があるトラーニの沖に、リィマー自ら率いる3,000の兵が、スウェーデン王の嫡男であるヴェローナ伯ボソと共に上陸・強襲を仕掛けた。
このとき、エジプト軍はアナトリアでの優勢を聞きつけ、デザルド自ら全軍を率いてアナトリアに赴いていたところであった。
完全に不意を突かれたエジプト王デザルド。帝国軍はトレビュシェットもすべてこのトラーニの包囲に動員しつつあるとのことで、陥落は時間の問題であった。
「なぜ、奴らの動きを察知できなかった・・?」
「は、皇帝軍側には、ヴェネツィアも味方しており・・・東地中海を庭とする彼らの動きがある以上、その動きを察知し事前に動くことは困難を窮めるもののようで・・」
口惜しさに唇を噛み締めるデザルド。叛乱軍にとってもコンスタンティノープルは目の前だが、そこには世界で最も頑丈な防衛網と、決死の戦いに挑もうとする2万を超える兵が待ち構えてもいる。
その間にトラーニが陥落し、妻子の命が危険に晒されれば・・・。
そこに、皇帝軍からの特使が現れ、デザルドに文が渡される。それは皇帝からの和平に向けた交渉の申し出。
デザルドは無言でそれを懐にしまうと、側近に命じてトラーニへと戻ることを告げた。
そして同年8月。
トラーニの地で対面したリィマーとデザルドとの間で、書面が交わされる。それはデザルドが矛を収め、代わりにリィマー側もその罪をすべて不問にするという「白紙和平」の約定であった*1。
そして叛乱軍側の旗頭であったデザルドが矛を収めた以上、それ以外の叛乱軍側も正当性を失い、瓦解するほかなかった。
次々と皇帝との和平に同意し、結果としてこの大規模な「エジプト王の反乱」は1年半を待たずして終息。それは白紙和平と言いつつも、実質的な皇帝側の勝利であった。
「ひとまずは落着したな」
「ええ・・・ただ、そう悠長なことは言っていられません。すでに次の反乱の火種が燻っているようですので」
ヘクトリオスの言葉に、リィマーは頷く。
そう、休んでいる暇はない。次の手を打たねばならない。
これ以上の内戦は、帝国を確実に疲弊させることになる――そうでない道を、彼は取る必要があった。
饗宴(1206)
エジプト王を中心とした「独立派閥」に続いて形成されていた今回の派閥は、前々皇帝メギンヘルの妹であるベアトリクスを皇帝に推戴しようとする動きであった。
メギンヘルは故ルートヴィヒ帝の政略によりギリシア帝国の皇帝一族の中に生まれたルナール家の一員であり*2、その妹であるベアトリクスもルナールの一族であった。
当然、この動きの背景にはメギンヘルの存在があっただろう。彼はリィマーの父ヴァルベルト帝によってその帝位請求権を半ば強奪され、結果、帝位は神聖ローマ帝国の手中に納まる形となった。
いわば、彼もまた、スウェーデン王同様、父の策略の犠牲者であったというわけだ。
コンスタンティノープルに戻ったリィマーは、急ぎ帝国のギリシア領域に御触れを出し、コンスタンティノープルにて大規模な祝宴を開くことを宣言した。
1206年9月。
ハギア・ソフィア大聖堂内に設けられた会場で、数多くのギリシア諸公たちが顔を並べていた。その中には先の反乱においてリィマーに剣を向けた者もいたが、一方で今回の新たな反乱を画策している者たちの姿は殆ど見当たらなかった。
それでも、その男は確かにそこにいた。周囲から頭一つも二つも抜け出るその巨体は、これだけの人混みの中でも見つけるのに苦労はしなかった。
リィマーはすぐさま彼に近づき、声をかけた。
「フィリッポポリス公、お越しいただき、感謝申し上げる。近年の騒乱の中、ここまで足を運んで頂くだけでも、決して容易ではなかっただろうに」
声をかけられた男はリィマーの顔を見るなり一瞬その表情を曇らせそうになるが、すぐさま笑顔を作り――どこか固い笑顔ではあったが――返答した。
「こちらこそ、これほど盛大な祝宴にお招き頂き、光栄の極みで御座います、皇帝陛下」
「何でも、催しの後半では私を主役にスピーチして頂けるとか・・・」
「実に名誉なことではありますが、たかが地方の一公爵に過ぎない私などが、そのような役回りを演じるのは不相応とも考えており――」
体よく断りの文句を入れようとしたメギンヘルを、リィマーは手で制す。事前にヘクトリオス、そしてプロヴァンス公と準備していた通りに話を進めていく必要がある。
「ああ、いえフィリポポリス公。それは良いのですよ、どちらでも。それよりも、折角お越しになられたのだ。実は貴公とお話ししたいことが沢山あってだな・・・」
そう言うとリィマーは側近に命じてメギンヘルの盃に酒を注がせ、そうして彼はメギンヘルが好んでいるという過去の戦史の話を取り上げていった。
元より軍事の話はリィマー自身も好み、その知識は十分にあったし、それ以上にメギンヘルは生粋の武人でもあった。先だっての第4回十字軍での活躍もよく知られていた。
しばらくすると良い感じに酒も回ってきて、最初はリィマー側が一方的に話しかけ半ばいやいやながらそれに応対していたメギンヘルも、次第に彼の方が口数が多くなり、熱っぽく自身の戦いの話を語り始めていた。
「・・・そうして、我々はあの窮地から助け出されたのです! おっと、もしかして退屈な話だったでしょうか?」
「とんでもない。これほどの深い造詣と胸躍る戦場の話を聞けるなんて、私の人生においても最大の幸福の瞬間と言えそうだ。ぜひ、このまま夜が明けるまで語り合っていたいほどに・・・」
「――私もです、皇帝陛下」
酩酊しつつも、メギンヘルは強い眼差しでリィマーを真っすぐと見据えた。
「どうやら私は、陛下のことを勘違いしていたようです。私はラーヴェンスベルク家に全てを奪われたという思いをもってここに来ました。そして、いつか一矢報いるべきであると。それが、ルナールの血を引くものの運命であるかのように」
「ああ、理解している。そしてそれが、ラーヴェンスベルクの血を引く私に課せられた宿命でもあると。そして、私はその復讐の連鎖を、私の代で清算したいと考えている。それは一族の中であっても、文化同士であっても、あるいは信仰の間であっても――できうる限りの方法で、私は融和に努めたいと思っている。
だからフィリポポリス公、どうかご理解願いたい。貴公を我が最大の名誉の客人として皆に紹介することを。それが未だ分かたれた二つの世界の融和を象徴する出来事となるはずなのだから」
メギンヘルは力強く頷いた。
そして祝宴の最終盤に至り、予定通り私は高台に立ってあたり一面を見渡した。
最初は硬い表情も多かった一同も、酒と豪華な食卓、そして壁一面に飾られた美しいモザイク画や装飾品の類に魅せられ、次第に笑顔と満足とが占める割合も多くなっていた。
その人々に向けて、リィマーは滔々と語り始める。
「皆の者、聞いてくれ! 本日、ここには多くのドイツ人、イタリア人、ポーランド人、そしてギリシャ人の方々が集まってきてくれている! 我が祖先ルートヴィヒ帝、そしてその子アルブレヒト帝の下で、我々西方のゲルマン民族とギリシャの方々との文化的融合が進められていった。しかしなおも、我々の間には多くの隔たりが存在する。それは、我々が侵略者であり、貴方方ギリシャの聡明なる方々が自らの権利を侵害させられたと考えているからであろう」
リィマーの言葉を、聴衆は静かに聞いていた。やがて彼らは、「ポーランド人」だったはずの彼が、いつの間にか流暢なギリシア語を習得し、自らの言葉で語っているのだということにも気づき始めていた。
「だからこそ、今私は再び双方の統合に向けた努力を始めたいと思っている。その手始めがこの祝宴であるが、その中で私は一人の男を紹介したい。
ギリシャの伝統的なコムネノス王朝の血と、ゲルマンの支配者たるルナールの血とを受け継ぎ、偉大なるギリシア帝国の皇族でもあるフィリポポリス公。その武勇はあえて私が語るまでもなく知れ渡っているであろうが、合わせて今宵、彼と私とは真の友情を結ぶことに合意した! 私は彼と共に、平和的な東西の統一の実現を約束してみせよう!
我が友メギンヘル、共に杯を掲げよう! この東地中海の両帝国の、永遠の統合と繁栄を願って!」
部屋中に轟く迫力あるメギンヘルの声と共に、その巨体から特注の巨大な杯が掲げられる。彼は叫んだ。「帝国万歳! そして東西の統一者、尊厳者リィマー皇帝万歳!」
「元皇帝」メギンヘルのその言葉は、大きな意味を持ってこの饗宴の会場中に――そして、ギリシア全土に、瞬く間に広まった。
とりわけ推戴しようとしていたベアトリクスの兄であり、その真の首謀者ともいえる存在であったメギンヘルの「転向」により、反乱勢力はその勢いを失い、派閥からは一人、また一人と脱落者が続出。
そしてついに翌年の5月には、派閥の完全な解散が報告された。
だがこれで目的が達成されたわけではない。
リィマーは決して、自らの安全の為だけに方便としてあのようなことを語ったわけではなかった。
彼は真に、あの言葉通り、東西の統一の実現を目指していた。
それは、ヘクトリオスから渡された一冊の古い本の影響でもあった。
「父から貰ったものです。元をただせば、陛下の曽祖父――アルブレヒト帝が愛読されていたものとのことで、陛下に渡すべきものだと考えておりました」
それは、今にもバラバラになって散逸してしまいそうなほど使い古された本であった。手垢にまみれ、ところどころインクがかすれて読めなくなってさえいる。アルブレヒト帝のような叡智を持たぬリィマーは、ギリシア語の勉強もかねてヘクトリオスの助けを借りながら少しずつ蝸牛の歩みの如く読み進めていった。
しかしやがて、そこに描かれた理想に魅せられていき、そしてそれは東西の帝国の唯一の皇帝たる自身に課せられた義務であるとさえ感じていた。
コスモポリタン帝国――その実現のため、彼は曽祖父と同様に、その巨大な催しを開くことを決めた。
すなわち、全帝国競技会――グランドトーナメントである。
全帝国競技会(1208)
50年前、アルブレヒト哲人帝がコンスタンティノープルで開いた、偉大なる大競技大会。
その第2回の開催をリィマーは大々的に宣言し、その準備が進められていった。
そして1208年5月。
十全な準備と大金が投じられ、コンスタンティノープルを舞台にして第二回となる全帝国競技大会が開催された。前回はアルブレヒト帝の趣味が反映された文化的な色彩の濃い種目たちが並んでいたが、今回はリィマー帝の趣味に沿った、武勇を中心とした種目が並ぶ結果となった。
そして、その緒戦となる「レスリング」種目に、リィマー自身の出場が発表された。リィマーも武力には自信があり、この日のために訓練を重ねてきてもいたのだ。
その緒戦。準々決勝となるその試合では、ギリシャ人のアレクサンドロスを相手に難なく勝利を果たす。
次いで準決勝。相手はペチェネグ人の首長カイドゥムなる男。
ペチェネグ人はもともと黒海北岸の広い範囲を支配していた民族であったが、クマン人のハザール汗国が黒海北岸の支配権を奪い返すと、今ではバルカン半島北端のイェケ汗国のみがその文化を継承するのみとなっていた。
だが、クマン人同様にテュルク系の遊牧騎馬民族の血筋を引く彼らの武威は帝国にも広く知れ渡っており、傭兵としても高い評判を誇っている民族であることは間違いない。
イェケ汗国の臣下であるクラヨーヴァ首長国の首長カイドゥムもまた、決して油断できない剛の者である。
実力は拮抗。激しい組み合いの中で、リィマーは何とか窮地を脱し、反撃に出る。そのとき、それは起こった。
――脱臼。冷汗がリィマーのこめかみを流れる。どうする? 無理やり指を戻すか、それとも無理をせずギブアップを宣言するか・・・。
――いや、ここで引いては皇帝の名がすたる! 何のためにここに出てきているのか!
結局、指は元には戻らなかった。
しかし、仕方ない。そのまま戦う他はない!
――勝った!
間違いなく、危なかった。しかし最後にはなんとかカイドゥムの腰を掴み、見事彼を投げ飛ばすことに成功した。
アドレナリンの作用で鎮静化していた指の痛みが、今になって全身を駆け巡り、冷汗が溢れ出してくる。
ここで潮時か? いや、最後まで諦めるわけにはいかない。何しろ私は、皇帝なのだから!
休憩室で身を休めている間、もう一つの準決勝の結果が耳に入ってくる。
それは、対戦相手が不正をしていたと告発したスティニアンの主張が認められ、彼が不戦勝となったという話だ。失格となったギリシャ人のアカキオスは抗議しているようだったが、どうやらそれは認められそうにない。
何かきな臭いものを感じながらも、リィマーは腰を上げ、決勝戦の舞台へと赴く。
決勝戦の相手は、先ほど不戦勝となったスティニアン。
ウェールズから来たというその男は、どこか優男のような顔つきから見ても、実力はあるのだろうが先ほどのカイドゥムほどではない、という印象が強かった。
とは言え、こちらも指を脱臼しており、かつ、不戦勝の相手は体力的な余裕がある・・・油断はできない。
そう思いながら試合開始が告げられ、いよいよ最後の闘いを始めようとした、そのとき。
スティニアンも、怪我をしている――?
だとすれば、これは間違いなく勝機である。今のうちにその間合いを詰め、一気に畳みかける――と、思って動いたリィマーの目の前で、スティニアンはニヤリ、と笑う。
それは彼のハッタリだった。一気に機敏になった彼はリィマーの両手をひらりと躱し、逆に彼を押さえ込もうと試みた。
――だが、リィマーも負けてはいない。彼もまたスティニアンの腕を逃れ、距離を取る。二人は互いに緊張感に満ちた攻撃を繰り出し始める。
最後は、体力の差であった。一瞬の隙を見せたスティニアンに、リィマーがすかさず飛び込み、そして先ほどのカイドゥムのとき同様に、思い切りこれを投げ飛ばした!
勝った! 見事に、この純粋な力比べの世界においても、皇帝がこの世界の覇者であることを証明してみせた! リィマーは純粋に喜び、堂々とその右手を天に突きあげた。
「お見事でしたな、さすが陛下です」
「柄にもなく、熱くなってしまったよ。とは言え、もし貴公が出ていたら、とてもじゃないが敵わなかっただろうがな」
拍手と共に讃えるメギンヘルに迎えられながら、リィマーは苦笑する。「貴公が今回は観客に徹してくれて助かったよ。貴公が出場していれば、すべての競技をモノにしてしまっていたかもしれないからな」
「――いや、そんなことはないですよ、陛下」
メギンヘルが謙遜とはまた違う、意味ありげな表情で会場に視線を向ける。
釣られてリィマーもそちらを向くと、そこでは第2種目であるアーチェリー大会が繰り広げられていた。
矢をつがえているのはギリシャでも名の知れた狩人、コロネイア伯ヨハネス。戦前でも優勝候補と目されていた男であった。
「貴公が言っているのはあの男か? 確かに弓矢の腕では右に出る者はいないだろうが――」
そこまで言いかけて、リィマーは気づく。彼よりもすでに高い得点を記録している者がいることに。そして、たった今放たれようとしていたヨハネスのその一矢によって、彼が勝つのかその男が勝つのかが決まるということに――。
そして風を切る音と共に放たれた、最後の一撃。
それは惜しくも真ん中に命中することはなかった。
「決まりましたね」
メギンヘルの言葉通り、勝敗は決まった。ヨハネスは2位に終わり、勝ったのは、文句なしの最高得点を記録した男――バイトゥルスンであった。
知らぬ名であった。どうやら、ハザール汗国支配下のクリミア半島からやってきた豪傑のようだ。隆々とした筋骨と、その特徴的な白い肌が印象的な男だ。
「どうやら、彼は次の決闘種目にも出場するようです。――おや、陛下も出られるようですね」
わざとらしく笑うメギンヘル。
いやはや・・・どうなることか。
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第3種目は決闘――騎士同士の正々堂々とした一騎打ち。
第1種目のレスリングでの勝利により、最初は懐疑的に見ていた観客たちの多くも、リィマーの武威を認め、そしてその更なる活躍に期待していた。
リィマーももちろん、その期待に応えるつもりでいた。だが、先ほどのメギンヘルの言葉が脳裏に浮かぶ毎に、次第に不安も抱えるようになっていった。
不安の要因の一つは、先ほどのレスリングの時に痛めた指である。
簡単な治療で間に合わせていたその指は、鋼の塊を持ち、それを重ね合わせるごとに着実に痛みを訴え続けていた。
それでもリィマーは根本的な治療を申し出る侍医を退け、そそくさと会場へと向かっていった。
そして迎えた準決勝。あと2勝すれば、今大会2つ目の優勝が得られる。
その準決勝の相手はヴィディン女公の代闘士アカキオス。先ほどのレスリングの試合では準決勝を前にして不正を疑われ失格となった男だったが、本来はその勇敢さと武勇によって広く知られた男であり、今やギリシャでも少数派となった正教徒でありながらもカトリックたちからも一目置かれていた存在であった。
ここまである程度余裕をもって勝利し続けてきていたリィマーだったが、さすがのこのアカキオスの攻撃を前にして、次第に余裕さを失いつつあった。アカキオスもアカキオスで、先ほどの不遇への鬱憤を晴らすかの如く、激しい猛攻を繰り出し続けていた。
やがて、その連撃に耐え抜くリィマーの腕が限界を迎えつつあったのか。刃同士が激しくぶつかり合った後、アカキオスの剣の柄が、リィマーの右腕の甲を激しく叩きつけるのを、避けることができなかった。
その瞬間、耐えられないほどの痛みが、剣を握る右手の指に稲妻のように走った!
――どうする?
・・・いや、ここで引き下がるわけにはいかない!
リィマーはあえて踏み込み、自ら間合いを詰めにかかる。
まさかのリィマーの動きに、アカキオスが驚愕の表情を浮かべる。
右手を掲げるリィマー。歓声が会場を包み込む。破顔するでもなくむしろ無表情に天を見つめるそのリィマーの姿は、観客からしてみれば謙虚な姿のように映ったかもしれない。
だが、彼にしてみればむしろひたすら痛みに耐え続けているだけに過ぎなかった。
試合が終わるとすぐさま彼は医務室へと引っ込み、侍医に治療を依頼した。
下手に我慢せず、最初からこうしていればよかったのです、とため息交じりに彼は治療を開始し、それが終わると不思議なほどに痛みはきれいさっぱりと消えていた。
リィマーがバックヤードで治療に専念している中、会場ではもう一つの準決勝の結果を知らせるアナウンスが響いていた。
やはり、あの男か。奇しくも先ほどのアーチェリーのときと同じく、コロネイア伯ヨハネスとの対戦となったバイトゥルスンであったが、この決闘においてはいとも簡単にこれをねじ伏せた。
それはあまりにも鮮やかな勝利であり、観客の多くが、さしものリィマーもこれは苦戦するのではないか・・・? と疑い始めていた。
そして始まる、決勝戦。今やザクセン人としてではなく、ギリシャ人の代表であるかのごとき声援に後押しされながら、リィマーはバイトゥルスンの前に対峙する。繰り出される一撃、掲げられる相手の防御の剣。鋼と鋼とが打ち合い、火花が散り、戦いはまさに互角のような展開が続いていた。――そんなときに、トラブルも巻き起こる。
客席は騒然となり、一時試合は中断する。すぐさまそのベンガル人は救護室へと運ばれ、手当てを受ける。
半刻ほどが過ぎたのち、ようやくリィマーとバイトゥルスンは再び会場の真ん中で向き直る。すでに日は傾き始めていたが、二人の集中力は少しもそがれてはおらず、むしろその鋭さはより増してさえいた。そして激戦が、再び始まる!
だが、その時間も永遠には続かない。
やがて互いの体力の限界が訪れ、あとはもう、どちらが先に膝をつくかだけであった。
その瞬間、会場はざわめきと悲鳴に近い落胆の声とに包まれる。だが、やがて少しずつ、勝者を讃える拍手が湧き始め、やがてそれは大波となって会場を飲み込み始めた。
勝てなかった・・・が、リィマーは悪い気持ちだけではなかった。むしろ、こうして自らの帝国首都の地で、異教徒も、異民族も関係なく、その個人としての実力を讃えられ、認められているという事実こそが、彼に満足感を与えていた。
やがてリィマーは立ち上がり、バイトゥルスンに右手を差し出した。彼はリィマーが口にした称賛の言葉の意味は理解し得なかっただろうが、気の良い笑顔を見せ、力強くその右手を握り返してくれた。
かくして、アルブレヒト帝の理想を受け継ぐ第2回全帝国競技会は成功のうちに終わる。
アルブレヒト帝の晩年の狂気と「恐怖帝」ヴァルベルトの存在により、その名声が失われつつあったルナール王朝とラーヴェンスブルク家の名は再び栄光と共に蘇らんとしていた。
強く、そして宥和的なる、新皇帝リィマーの存在。
かの名君ルートヴィヒを思わせるような彼の振る舞いは、やがて彼にルートヴィヒ帝と同じ「寛容帝」の異名をもたらすほどのものであった。
そしてそんな彼に、さらなる汚名の挽回と栄光とをもたらす好機が訪れる。
すなわち――第4回十字軍の敗北への、雪辱のときである。
東西の真の統一(1208-1215)
1208年3月。まさに、皇帝リィマーが全帝国競技会開催に向けて着々と準備を進めていたそのとき。
帝国からアンティオキアの地を奪い、そしてこれを奪還しようとした第4回十字軍を打倒した強大なるカリフ、スィルハーン・イブン・スィルハーンが「不可解な死」を遂げた。
その結果、広大なイスラームの帝国は千々に分裂。
中央のペルシアを次男のハーリドが、メソポタミアの地を三男のナーシルッディーンが、そしてシリアと周縁部の領域を長男のガーズィーが継承することとなった。
これは、リィマーらカトリック勢力にとってはまさに願っても無い好機であった。競技会の終盤にこの報せを耳にしたリィマーは、競技会を継続しながらも元帥のテッサロニカ公や宰相のプロヴァンス公らに命じ、その「戦争」への準備を着々と進めていった。
最初、リィマーは教皇グレゴリウス7世に、新たな十字軍の発動を要請しようとしていた。しかし先だっての十字軍失敗により求心力を失い、その原因が皇帝にこそあると考えていた若き教皇は皇帝の要請を拒絶。リィマーは早々にこの方針を放棄した。
むしろ、足並みの揃わぬ正規の十字軍が、前回の敗北を招いていたことを戦場で理解していたリィマーは、今回は自ら主導権を握った「私的な十字軍」として組織する方が望ましいという結論に至る。
そして彼はプロヴァンス公を通じ、西欧の二大君主と手を結ぶことに決めた。
まずは、フランス王改めフランク帝国皇帝フンベルト。
アラゴンの一部やバルセロナなど、ピレネー山脈の向こうまでの領域を手中に収めたこの男は、かつてのシャルルマーニュの後継者を名乗り、古のフランクの名と皇帝の地位を復活させた。
ある意味で神聖ローマ帝国に対する挑戦に等しい宣言ではあったが、ここでもリィマーは対決よりも宥和を選んだ。共にキリスト教世界の皇帝として、東方の異教徒たちを打ち倒そうと声をかけ、彼の息子フィリップとリィマーの腹違いの妹アウネスとの婚姻を提案。
フンベルトはこれを受け入れ、西欧の二皇帝同盟が締結された。
続いてリィマーはそのフランク帝国とはライバル関係にあたるイングランドの王ニコラス2世にも接触する。
過去、関係が緊迫することもあった両国だが、ここにおいてもリィマーは緊張の緩和と友好を提案。半世紀前の対立は誤解に基づくものであったことを詫び、改めてこちらもリィマーの娘のキンガを彼の妃として差し出し、婚姻による同盟を結んだ。
かくして、西欧二大国を味方に引き入れた神聖ローマ帝国皇帝リィマーは、教皇の宣言によらない、私的な権限における十字軍の発令を宣言。これは「皇帝陛下の十字軍」と呼ばれることになる。
だが、私的とは言え西欧の三大国が全て揃い、かつヴェネツィア共和国による支援も加えたカトリック勢力の陣営は、正式な十字軍に劣らないーーある意味ではそれ以上のーー勢力を誇ることに。
一方のスィルハーン朝勢力は分裂し、かつ内戦に見舞われていたこともありその勢力は極めて弱小。
圧倒的な兵力で一気にシリアに上陸し、その支城を次々と包囲していく。
1212年12月。開戦から9か月が経過し、ようやくイスラーム軍の主力がシリアの地にまで到達する。とは言え、東方マクラーン地方での内乱鎮圧に兵力を割かれてしまっているスィルハーン朝軍ではなく、その同盟国のマリク・シャー大首長国の1万2千の軍勢が、ユーフラテス側を挟んで帝国軍2万5千と対峙する。
この帝国軍と真正面からぶつかるわけにはいかない・・・と判断したであろうマリク・シャー大首長国軍は、そのまま西方に逃れアナトリア方面へと侵攻を試みるも、これを逃したくないテッサロニカ公率いる第一軍7千がユーフラテス川を越え北上。大首長国軍に横入りを行う。
かくして1212年末。ラッカ北100㎞の位置にあるバジャルワーンの乾燥地帯で、いよいよ「十字軍」は8年前の雪辱を果たす時が来た。
先行したテッサロニカ公は、かつて即位直後のリィマーに対しエジプト王と共に反旗を翻した勢力の中心人物の1人であった。しかし「寛容帝」リィマーはこれを許したばかりか、彼を帝国元帥に任命し、取り立てるほどの厚遇を与えた。
その恩に、報いねばならぬ。
テッサロニカ公は主君への敬意とその強い宗教的情熱の下で勇敢にも先陣を切り、敵兵を逃さぬよう足止めを食らわせた。
その間に次々と自軍の後詰も到着し、バジャルワーンの戦場を完全に包囲していく。
最終的には1213年1月18日にこの決着がつき、イスラーム軍4,000と総司令官ザルドゥシュトを戦死させる大戦果を遂げる。十字軍側の犠牲者はわずか700名と、圧倒的な勝利であった。
この大虐殺の報はすぐさまイスラーム軍全体に広がり、バジャルワーン近郊にまで迫っていた敵軍の増員も戦わずして敵前逃亡。
以後、大きな戦いは両軍の間には起こらず、アンティオキアの城も3月に落城したことで決着はつき、同年4月23日にスィルハーン朝カリフ、ガーズィーは降伏。
「皇帝陛下の十字軍」はわずか1年ほどで、あっけない終幕を迎えることとなった。
見事、アンティオキアの地をキリスト教徒たちの手に取り戻してみせた皇帝リィマー。
翌年5月にはスンナ派のタミーム朝が支配していたチュニスの地も解放するなど、異教徒との戦いを精力的に進めていく。
その名声は単なるカトリックの一皇帝に留まらず、真の意味での東西の統一者――すなわち、古の「ローマ」の後継者――に近しいものとして讃えられるようになりつつあった。
そんな中、リィマーは1215年3月、再びコンスタンティノープルにて大饗宴を開催することを宣言する。
彼はこの催しをギリシアのみならず帝国全土に広く広報し、その年の暮れに開催されたその宴には、洋の東西問わず100名を超える有力諸侯たちが駆け付けることとなった。
リィマーは前もってそこで、9年前に彼が語った「東西の真の統一」の実現がついに果たされたことを証明して見せる、と宣言していた。
それは果たしてどのような演出がなされるのか。
集まった東西の諸侯らは大いなる期待をもって、主演の登場を待ち望んでいた。
そしていよいよ会場に現れたリィマーは、その傍らに誰もが驚く人物を連れてきていた。
騒然とする会場。何しろその男は、70年前にルートヴィヒ帝によってカトリックがキリスト教会における唯一の正統教義であることが宣言されたとき、迫害されコンスタンティノープルを追われた正教会の総主教――全地総主教の姿であったのだから!
今なお正教会の信仰を保っている数少ない国家の一つであるハールィチ・ヴォルィーニ王国に亡命していたというこのテオドロス2世。
その彼がこの場にいるということは――これこそが、リィマーの言う「東西の真の統一」の意味するところなのだろう。
リィマーはいまだざわめきが止まない会場に向けて杯を掲げる。
「諸君、今や、同じキリスト教の中で争うべき時代は終わりを迎える。先だっても我が臣下マゾフシェ女公がハールィチ王国への聖戦と称し軍を派遣していたが、これも我が命により中止させている」
「同じく我々が異端とみなしていたアルメニア使徒教会についても、我らが誇り高きフィリッポポリス公メギンヘルの新たな妃となったエデッサ女公を通じ、融和への道が開かれることとなった」
「10年前、我らが一族の失態により失われたアンティオキアの地も奪還し、今こそ我々は東西の真の統一を実現するべき時が来た。
そして、それが意味するものは果たして何であろうか? 地中海の東西を統べる、偉大なる帝国の存在とは? 二つに分かたれた帝国とキリスト教とが再び統一されたとき、そこに浮かび上がる偉大なる永遠の帝国とは――?」
リィマーの言葉に、諸侯は興奮を帯びた様子でその帝国の名を口にし始めた。
「そう――我々は今、その古の帝国の復活を宣言すべきときである、その帝国の名とは――」
彼がその名を言いかけたその瞬間。
会場の入り口の方で、それまでとは異なる喧噪が聞こえてきた。
「――待てっ! 止まれ!」
衛兵の静止する声が響き、何事かと賓客たちが道を開ける。
その先に見えた男の服装とその口から放たれる異国の言葉は、リィマーにとってはひどく懐かしいものであった。
と、同時に、そのただ事でない姿に、彼はその表情を固くし、身構えた。
男はたどたどしいギリシャ語で、リィマーに訴えかけた。
「助けてくれ、皇帝陛下! 奴らが――モンゴルが、攻めてきたんだ!」
ルナール王朝の、最後の闘いがいよいよ幕を開ける。
最後の戦い(1215-1226)
リィマーは傷ついたバイトゥルスンを医務室に運び込むと、祝宴は一旦のお開きとした上ですぐさま黒海の向こう、クリミア半島へと遣いを派遣する。帝国の一部であるその場所で、国境を接するハザール汗国の状況を確認するためだ。
だが数ヶ月して戻ってきた遣いがもたらした情報は、すでにハザール汗国がモンゴル民族の支配下に置かれていたという事実。モンゴルは1214年6月に突如ハザールに侵入し、瞬く間に王国の兵たちを蹂躙。
武勇に優れたクマンの騎士たちも、モンゴルの圧倒的な弓騎馬兵を前にしてなす術もなく壊滅していったという。
ここまではすでにバイトゥルスンからもたらされていた情報と一致した。彼も同胞たちと共に前線に立ちモンゴルの兵たちと対峙したものの、その軍勢があっという間に瓦解する中で、主君たるチェルカースイ族族長コルタンに命じられ、帝国に助けを求めるためにここまで逃れてきたのだという。
「皇帝陛下、どうか我が同胞たちを助けてくれ。奴らは私の仲間たちを虐殺し、街は徹底的に破壊され、女子どもたちは皆凌辱されている。こうして自分がここにいるだけでも我慢できないのだ」と、バイトゥルスンは片言のギリシャ語で懸命に訴えかける。
勿論、リィマーもすぐにでも兵を集め、遠征軍を組織し、ハザールの地に向かわせたいという思いはあった。しかしバイトゥルスンや遣いからもたらされた情報を分析すればするほど、モンゴル兵の精強さやその軍容の恐ろしさを思い知り、軽率に兵を出したところで返り討ちになることを理解していた。
「バイトゥルスン、貴方の気持ちは痛いほどよく分かる。しかし、ここは耐えて欲しい。必ずや、我々は貴方の怒りを、復讐を手助けすることを約束する。しかしそのためにも、今は十分な準備をするべき時だ」
リィマーの言葉にバイトゥルスンは悔しそうに表情を歪めながらも、しかしそれが紛れもなく真実であることも理解し、やがて納得していった。
やがて傷を癒したバイトゥルスンはリィマーの軍の麾下に入り、その優れた戦術的知見とモンゴル人の恐ろしさ、その戦い方について、教え込む役割を担うこととなった。
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「さて、どうする?」
今やリィマーにとって最大の軍事的助言者であり友人となったフィリッポポリス公メギンヘルは、陣幕の中で皇帝に訪ねる。
「――とりあえず、闇雲に兵を送り込んでも敵う相手ではないのは確かだ。むしろ、自分たちに有利な地形へと誘い込み、一網打尽にする方がよい」
「まあ、そうだな。君たちオーバーザクセン人たちから継承した伝統においても、守勢こそ最も得意とするところだからな」
「それに、十分な兵の数と質を用意する必要がある。聞けば、奴らの最も得意とするのはその独特の弓騎兵による圧倒的機動力と遠隔攻撃の連携」
「これに対抗すべく、こちらも十分な数の槍兵の確保と、これを活かすための施設の充実を図っていく必要がある」
「なるほど。モンゴル兵たちもその機動力を最大限に活かすため、移動式の家屋を用いているという。奴らの機動力に対応すべく、こちらも移動式の野営地を準備するというわけだな」
「これらを十分な数用意するためにも、多額の資金を必要としている。帝国全土に臨時課税を敷くことで、何とか集められるようにはしているが・・・」
「もはやこれは一国の存亡に留まらない。地中海世界全体の存亡に関わる出来事と言ってよい。理解は得られるさ」
メギンヘルの言葉通り、今やモンゴルの勢力の拡大は留まるところを知らず、つい先日はついにペルシア・メソポタミア地方の旧スィルハーン朝勢力をも征服し尽してしまったと聞く。
「もはや、この悪魔の遣いともいうべき存在を迎え撃てるのは、陛下の帝国しかありえない。――自信を持つべきだ。我々ギリシャの民も、全力をもって支えることを約束する」
メギンヘルの力強い言葉に、リィマーも救われる思いがする。
ここまで、彼は常に何かに流されるようにしてやってきたような思いを抱いていた。偉大なる祖先たち――隻脚伯オトゲル、慈悲王ゲロ、寛容帝ルートヴィヒ、哲人帝アルブレヒト・・・戦争王や父の恐怖帝もまた、同様にこの偉大なる帝国を確かに統治し、繁栄させ、一族に継承し続けてきたのだ。
自分にその役割が務まるのか。彼は即位した当初からずっと、その思いに悩まされ続けてきていた。
だが、今自分はその重責を背負い、この場所に立っている。
多少なりとも軍略の才をもって生まれた自分が今この時代にこの地位についていることの理由があるとしたら、今まさにこの瞬間にあるのだろう。
覚悟を固めつつあったリィマーのもとに、いよいよその報せがもたらされた。
「モンゴル族の首領、テムジンより、文が届きました! 臣従を求める内容であり、拒否すればすぐにでも攻め込むと・・・」
リィマーは文を届けてきた使者に対して、蛮族の王にしっかりと伝えよと前置きした上で、力強くその言葉を浴びせかけた。
――かくして、世界の命運をかけた最大にして最後の闘いが始まる。
一国の兵力としては尋常ではない規模を誇るモンゴル帝国。
とはいえ、こちらも同盟国を合わせればその2倍以上の規模を誇る。
適切に戦えば、恐れるに足らず。
だが、その軍勢がひとたびギリシャの地に現れ、帝国の領土を侵し始めると、好き勝手に人々を虐殺し、村々を焼き払う彼らの蛮行を眼前にして、待機を命じられていた帝国軍も思わず打って出ざるを得なくなってしまった。
この6万の兵を率いるのはポズナニ伯シフィエントスワフ。
リィマーの旧知の仲であり、武勇に優れた指揮官にして信頼に足る騎士であったこのポーランド人は、やや「向こう見ず」なところがあった。
兵数では帝国軍は上。しかし、それは帝国軍をおびき寄せるための、凶悪なるチンギス・ハーンの罠であった。
緒戦は圧倒的敗北を喫することとなった帝国軍。
軍は散り散りとなり、リィマーは改めて全軍に後退を命じる。戦線を一気に押し下げ、同盟国の支援を待って反撃に出るために。
しかしそんなリィマーのもとに届けられたのは、絶望的な報せであった。
まず、フランク皇帝が援軍を送るどころか、イベリア半島で国境を接するイスラーム軍への聖戦に明け暮れているとの報告。
さらに若きイングランド王は律儀に兵を送ってくれているものの、未だにクロアチアのあたりをのんびりと進軍しており、アナトリア方面に到着するまでにあと4か月以上はかかるだろうという報せ。
そんなことをしている間に、帝国はモンゴル軍によるさらなる損害を与えられ続けてしまう。さすがにそんなことを許すわけにはいかない。
口惜しさに顔をゆがませるリィマーのもとに、一人の騎士が現れる。由緒正しきイヴレーア家の若きヴェストファーレン公ヴィリック2世。
誇り高きザクセンの騎士ヴィリックは、自信をもってリィマーに進言する。
「陛下、潰走する我が軍を追いかけるモンゴル兵たちですが・・・追撃に夢中になる余りか、慣れない雪と山岳まみれのアナトリア半島の冬に苦戦をしているのか、その軍勢は統率が取れておらず、バラバラになっております。一部は勝手に略奪を始めている模様」
「陛下、逃れてきた兵を私にお預け下さい。聖なる帝国に足を踏み入れてきた蛮族たちを、このギリシアの山中で、罠に嵌めて見せましょう」
リィマーはこの若き血気盛んな招聘に4万の兵を与える。ヴィリックはこれを巧みに率いて山中を駆け抜け、愚かにも突出してきた敵の先陣少兵を側面から襲撃した!
戦力の逐次投入を図るモンゴル軍。だが、慣れない丘陵での戦いは、彼らの得意とする騎馬兵の機動力を生かすことができず、高台から一方的に射かける帝国軍の弩兵たちによって次々と殲滅させられていく。
結果、この「カリッサの戦い」は、帝国軍の圧勝に終わる。
先ほどとは逆に、ギリシアの地をほうほうの体で逃げ惑うこととなるモンゴル軍。
だが彼らも逃げ足は速く、懸命な追撃にもかかわらずこれを捉えることは至難の業。
せっかくの勝利。これをより意味のあるものとすべく、ここはなんとかより決定的な勝利へと持ち込みたいが――。
そのとき、逃げ惑うモンゴル兵たちの前に現れる、わずか3,000の帝国軍の姿が。
それは、先ほど惨敗を喫したシフィエントスワフ率いる傭兵団の姿であった。
コロベルドでの敗戦の後、味方の軍勢を捨ててギリシアの山中に逃れていたシフィエントスワフは、その後西方で帝国軍がモンゴルの兵を打ち倒したと聞いて、自らの醜態を強く恥じたという。
そうして彼は、地元の傭兵たちを何とか搔き集め、モンゴル軍へ一矢報いること、そして帝国に対し少しでも貢献することを望み、その場所へやってきた。
それは、無謀な戦いであることは間違いがなかった。
だが、彼は、その無謀さこそが、自らの持つ唯一の武器であると理解していた。
この、命を賭したシフィエントスワフの「戦い」は、逃れられるはずだったモンゴル兵たちの足止めを見事務めた。
バクリヤの地で、逃れきれなかったモンゴル軍残党を捉えたヴェストファーレン公率いる帝国軍。
モンゴル軍の指揮は再びテムジン自ら採ることとなったが、さしもの彼も、この兵力差を埋めることはどうしたってできなかった。
そうして巻き起こったこの「バクリヤの戦い」は、再び帝国軍の圧勝に終わる。
戦場にはバイトゥルスンの姿もあり、かつて同胞たちを虐殺したモンゴル兵たちに対する血の復讐を果たすべく、鬼の如き形相で駆け回ったという。
いずれにせよ、この2度の勝利で形勢は完全に逆転した。10月にはスペリの地でモンゴル軍1万をほぼ全滅させる大勝利を達成。
アナトリア半島から彼らを駆逐することに成功した帝国軍は、続いて彼らが征服したメソポタミアの地にまで進軍し、諸都市を解放して回ったのである。
こうなるともう、モンゴル軍側に逆転の芽はなくなってしまう。
その後もしばらく抵抗を続けていたものの、最終的には1224年1月28日。テムジンは帝国に2,314ゴールドもの大金を支払い、休戦条約を結ぶことに同意。帝国の実質的な勝利となったのである。
世紀の大侵略者チンギス・ハーンとの激戦を勝利で終えることができた皇帝リィマー。
その名声は計り知れないものとして世界中に轟き、彼は「生ける伝説」と呼ばれるようになる。
そして彼は、その名声をもとにして、ついにその「帝国」の復活を宣言することが認められた。
古の帝国、真のコスモポリタン――ローマ帝国の、再興である。
唯一残された懸念であったと言っても良いモンゴル帝国についても、休戦からわずか1年半後、世界を恐怖に陥れた大王チンギス・ハーンが早くもその生涯を終えることとなる。
その後を継いだ嫡男のジョチは、父ほどの飛びぬけた才能には恵まれておらず、広大すぎる帝国を維持するほどの器はなかったようだ。
復讐を誓う各国に逆に攻められ、危機に瀕している。
この帝国はもはや脅威ではなく、むしろこれが崩壊するのもまた、時間の問題と言えそうだ。
かくして、キリスト教世界の危機を救い、分裂したその伝統を統一し、永遠の帝国の復活させた皇帝リィマーとその「ルナール」の血筋は「伝説」の存在となる。
それは決して揺らぐことのない栄光として、永久に語り継がれるものとなるのだろう。
永遠なるローマ帝国万歳!
「きつね」の一族ルナール、そしてラーヴェンスベルク家万歳!!
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1225年冬。
皇帝リィマーはポンメルン王ヴワディスワフから一通の招待状を受け取る。それは、彼の娘アンナとリィマーの末子スリストリィとの婚姻に関わる「グランドウェディング」への招待状であった。
父ヴァルベルトが「謀殺した」と噂される元ポンメルン王マグヌス3世の次男であるヴワディスワフは、一度はその領地をすべて兄「暴君」サンボルから奪われて放浪の身となったものの、そこから兄への復讐を果たしつつ王位を獲得。その後は皇帝への服従を誓い、その一環として今回の「婚姻」とグランドウェディング開催を実行に移したのである。
スウェーデン王アレッサンドロ、そして元ギリシア皇帝のメギンヘルと共に、このポンメルン王もまた、リィマーが関係を修復すべき同族の男たちの一人であった。
リィマーはこの報せを喜び、そして死期が迫りつつある老体に鞭を打ちつつ、ポンメルン王国の首都シュチェチンへと旅立つこととなった。
半年後の1226年6月にいよいよ開催されたその式典は実に盛大で、大変満足のいくものであった。末子とは言え確かに我が血を分けたスリストリィが花の冠を身に着け、美しき花嫁アンナと永遠の愛を誓い合っている。それを彼の母であり我が妻でもあるプレミスラヴァ、我が弟であるイェルサレム王フォルクインやデザルド、そしてスリストリィの兄たちが祝福している!
それはリィマーにとって、ある意味で、ローマ皇帝に即位したとき以上の興奮に満ち溢れたものであった。
我が一族は永遠の繁栄を迎える! そして、ときにいがみ合い、対立することもあったルナールの王朝もまた、共に永遠の繁栄を享受するのだ!
このローマの帝国と共に!
式典も終わり、披露宴も最高潮に達し、誰もが笑顔で、最高の幸福を味わっているように感じられていた。
酔いが回り、曖昧となった視界の片隅で、主催者であるポンメルン王が、妙に鋭い目でこちらを睨みつけていたことに気付いたときには、もう遅かった。
ポンメルン王が合図を送ると、部屋の中に傭兵の集団が雪崩れ込んできた。気が付けば、周りにはラーヴェンスブルク家の親族たちの姿しかなくなっていた。
その先頭に立つ男の顔は、見覚えがあった。
奴は確か・・・我が腹違いの弟ヴシェブルの、息子で・・・
リィマーの意識はそこで、途絶えた。最後に彼が見たのは、燭台の火を反射して光る鋭い刃の輝きであった。
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「これで、本当に良かったのか?」
悲嘆に暮れる愛娘の姿を遠巻きに見つめていたヴワディスワフの背後で、刀身についた血を拭いながら仕手人の傭兵隊長クリスティンが囁く。
「この行いが露見するのも時間の問題だ。貴公の罪はやがて暴かれ、世界が貴公を敵とみなすであろう」
「何より、新たなラーヴェンスベルクの皇帝がこれを許すまい。現皇帝リィマーのみならずその子供たちも皆殺しにしたとは言え、その孫はまだ生き残っており、その総力をもって貴公と、貴公の一族を根絶やしにすることになるだろう」
「分かっている・・・だが、それでも、僕はやらなければならなかった」
ヴワディスワフは、愛すると誓ったばかりであった夫の冷たくなった手を握りながら泣き崩れている娘の姿を目に焼き付けながら、呟いた。
「27年前のあの日、ラーヴェンスベルクの皇帝が、僕の父を殺したそのときから、僕の人生はすべてこの瞬間の為に捧げられた」
「・・・いや、もしかしたらそれよりもずっと昔、僕の祖先たちが同じように奴らによって辱められたそのときから、僕の運命は定まっていたのだと思う」
「ルナールの血の宿命か、因果なものだな」
クリスティンは皮肉を込めた薄ら笑いを浮かべる。
「その運命に巻き込まれる貴公の娘たちも、溜まったものではないがな」
「・・・構わないさ。いずれにせよ僕の血は、すでに呪われている。この血族がこの先長く続くとも、思ってはいない」
「そういう君だって、運命は同じだろう? ラーヴェンスベルクの皇帝が、君や君の一族を許すとは思えない。君の子はまだ幼かったよな? アフリカの奥地に逃げ込もうと、皇帝の手からは逃れられないだろう」
「・・・ふん、俺もまた、不足王の手によってこの運命に呪いをかけられた、同類だ。我が祖父母は奴の手によって殺された。父はずっと、不足王とその子――父にとっての兄弟――に対する怨念を俺に植え付け続けてきた。今更そこから逃れて別の人生を歩むことはできない」
クリスティンの言葉に、ヴワディスワフは目を伏せる。
彼は自らの祖先が連綿と繋いできた歴史を振り返る。
――最初の「隻脚伯」オトゲルは、復讐からすべてを始めたという。
やがて彼はわずか百年の間に地中海世界最大の帝国を築き上げる一族の祖となるが、その彼が一族に遺した言葉があるという。
「狐の如く、狡猾なれ」
その言葉に従い、ヴワディスワフはこの瞬間を待ち続けた。いつ絶えてもおかしくないこの身命を決死の思いで繋ぎながら、口惜しさに唇を噛み締めながらもラーヴェンスベルクの皇帝に臣従の姿勢を見せながら、この瞬間を待ち続けた。
そして、今、その執念を、現実のものとした。
にも拘らず、彼の胸中にあるのは歓喜でも安堵でもなく、ただ果てしない空虚さだけであった。
偉大なる隻脚伯は、ここから一族の栄光を築き上げたというのか。
知れず、ヴワディスワフの口元から笑いが零れる。これに気付いた使用人たちが、不安そうな表情で彼を見つめる。
「良いだろう。ラーヴェンスベルクの皇帝よ。恐らく貴公はこの悲劇においてもその権威を揺らがせることなく、むしろその一族の結束はより強固となり、帝国は確かに永遠の繁栄を約束されることだろう。
――だが、忘れるな。貴公の血には、呪われた宿命が埋め込まれている。それは今回に限らず、またいつか、再び貴公らに牙を剥くことになるだろう。その宿命から逃れようとしても、無駄だ。それはどこまでいっても・・・どこまでいっても、貴公らを追い詰める。
結局のところ、我々は所詮、一匹の狡賢い狐に過ぎないのだからな」
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かくして、物語は終幕を迎える。
果たして、ルナールの一族は、その繁栄を真に永遠のものとすることができるのか、それともかつて永遠を謳った帝国がそうであったように、砂と共に地中に埋められてしまうのか。
それは、誰にも、分からない。この世のあらゆる聡明な吟遊詩人でさえも、それを明らかに詠うことは赦されないであろう。
「きつね」の一族の物語は、これにて御終いだ。
またいつか、別の物語で・・・。
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