1031年。後ウマイヤ朝が滅亡。
巨像を失ったアル=アンダルスは、「タイファ時代」と呼ばれる混沌とした戦国時代へと突入する。
互いに支配権を巡り相争うイスラム教徒たち。さらには北のキリスト教徒たちもまたここに介入し、半島は未曾有の混乱へと陥っていく。
その混沌とした時代の中、イベリア半島西部に位置する都市バダホス(バタルヨース)を中心としたバダホス王国もまた、そんなタイファの1つであった。
11世紀初頭、サカーリバと呼ばれるスラヴ人奴隷出身のサブールによって建国されたこの国は、サブール死後、その息子たちを追放し、サブールの宰相であったベルベル人アブダラー・イブン・アル=アフタス、通称「バダホスのアル=マンスール」が王位を簒奪。ここにアフタス朝バダホス王国が成立する。
この物語は1066年9月15日、アル=マンスールの息子でアフタス朝第2代タイファアル=ムザッファルの代から始まる。
しかしアル=ムザッファルはすでに老境。王国は間も無く二人の息子によって継承されることとなるだろう。
しかし、史実ではその後、北のカスティーリャ王国や北アフリカのムラービト朝との争いの中で1094年に滅亡することとなる。
この世界ではその運命を乗り越えてみせよう。
開祖アル=マンスールの孫にあたる、後に「狼王」と称されるウマルという男から、その壮大な物語は幕を開けるのだ。
大いなる「伝説」は、ここから始まる。
目次
Ver.1.12.2.1(Scythe)
使用DLC
- The Northern Lords
- The Royal Court
- The Fate of Iberia
- Firends and Foes
- Tours and Tournaments
- Wards and Wardens
- Legacy of Perisia
- Legends of the Dead
使用MOD
- Japanese Language Mod
- Historical Figure Japanese
- Nameplates
- Big Battle View
- Invisible Opinion(Japanese version)
- Personage
- Dynamic and Improved Title Name
- Dynamic and Improved Nickname
- Hard Difficulties
特殊ゲームルール
- 難易度:Very Hard
- ランダムな凶事の対象:プレイヤー含め誰でも
第2回以降はこちらから
狼王ウマル編・中 アル=アンダルスの覇者(1077-1089)
アブー=バクル編 疫病/王国の真の支配者(1103-1109)
第一次クルトゥバ戦争
1066年9月15日時点でのバダホスの君主は御年61歳のアル=ムザッファル。バダホス王国とは言っても後世の西洋から見た呼称であり、当時はあくまでもある程度の領域を治めた「総督」的なタイファという地位であった。
ゲーム上でも他のタイファ同様に、王国級ではなく公爵級の領地を二つ所有。バタルヨースとベージャの2つである。
今回の最初の主人公は、史実でも1〜2年後には没することになるこのアル=ムザッファルではなく、その次男にあたるウマル・イブン・アルムザッファル。史実では父の死後に兄と激しい内戦を繰り広げ、勝利した男である。
性格は怒りっぽく、気が短いが、嘘をつけない素朴な男。野心というものはなさそうではあるが、直情的に動くタイプのようだが、その「動く」ときは武力によってではなく、策略において――「緻密に」行う。激しさと冷酷さとを併せ持つ複雑な男だ。
そんなウマルが、果たしてどのような物語を描いていくのか、見ていこう。
なお、管理力が低く、さらにVery Hard難易度による補正もついて、初期から所有領地数が直轄領制限を超えている。
公爵級にならないと家臣に土地を与えることもできないため、「そのとき」が来るまでは対外拡張も始めずじっくりと内政を行うこととする。
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1068年6月10日。
リスボンの居城にいたウマルは、急使により届いたその報告を耳にする。
「我らが国に隣接するクルトゥバ共和国が、我らが国に攻め込みました。現在はアル=ムザッファル様が兵を出してメデリンで迎え討とうとしていますが、兵数においては劣勢であり、防ぎきれぬことが予想されます」
「何――」
報せを受けてウマルは目を丸くする。
「すぐさま救援に向かうぞ! 兵を出せ!」
「兄上はどうしている!?」
「エルバスの城からの出兵は確認されておりません」
「そうか・・・ならば我々だけでいく他あるまい。ラフ!」
「は」
ウマルの呼びかけに応え、男が一人、すぐに飛び出してくる。ラフと名乗るその男は平民の出ではあるが、有能で勇敢な指揮官としてウマルが重宝していた男だ。
「忌まわしき侵入者を排除せよ。この混沌と化したアル=アンダルスにて、我らは敗北者たることは決して許されない。アル=マンスール(勝利者)の末裔として!」
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早速ラフ将軍のもと、リスボンで組織されたベージャ軍だが、メデリンに辿り着くまでにおよそ1ヶ月を費やしていた。
そして7月25日。ベージャ軍はようやくメデリンに到達するも、そのときにはすでにアル=ムザッファルの軍はクルトゥバ軍によって壊滅させられていた。
「――総員、退却だ」ラフ将軍は兵士たちに告げる。
「アル=ムザッファル様はご無事であり、リスボンの方に逃れていると聞いている」
「で、あれば、我々は兵力を温存し、立て直したアル=ムザッファル様の軍と合流の上、敵を打ち破るのが吉だろう」
冷静に告げるラフ将軍の言葉に、兵士一同は頷く。
そうしてラフ将軍はグアディアナ川の手前まで退却し、バダホスの都を包囲するクルトゥバ軍に睨みを利かせる。
――そしてそのまま冬を過ごし、春が来た頃。
いよいよ、ベージャ軍とアル=ムザッファル軍とでクルトゥバ軍を挟み撃ちにし、リベンジの時を迎えようとしていた。
――が、次の瞬間。
「――将軍! アル=ムザッファル様の部隊が動きません!」
「何だと? 何があった?」
「それが――」
その報せは、すぐさまリスボンのウマルのもとに届けられた。
「――父が、亡くなった、だと?」
ウマル・イブン・アルムザッファルの物語は、ここから始まる。
ズル・カアダの陰謀
1069年5月4日。アフタス朝バダホス王国第2代タイファ・アル=ムザッファルが戦場にて死去。これを受けてバダホス軍の挟み撃ちに遭う寸前だったクルトゥバ軍は窮地を脱するも、これ以上の継戦は不可と判断し停戦を申し出。ウマルもこれを承諾する。
国内は一旦の落ち着きを取り戻し、父の持っていた領地は、遺言に従い2つの公領をそれぞれ2人の兄弟に継承されることとなった。
すなわち、首都バダホスと家督の座をウマルの兄ヤフヤーに。そしてバジャ(旧ベージャ)公領をウマルの手に、である。
その上で、父の葬儀を行う必要があったのだがーー。
「兄上は、やはり動かぬか」
「は」
ウマルの質問に、アベイが答える。ユダヤ人ではあるが有能なこの男を、ウマルは宰相に任じ、さらにはバジャ公領の北端カステロ・ブランコの総督として任命していた。
「それどころかヤフヤー様は北のレオン王国への攻撃を開始しております。どうやら、カスティーリャ王国がレオン王国に対し戦争を仕掛け、レオン王国が劣勢になったのを好機と考えたようです」
「確かに領土の拡張は重要だ。しかし、今やるべきことなのか・・・・
仕方あるまい。葬儀は私が主導で行う」
そう言ってウマルは自ら費用を拠出し、父の葬儀の開催を決める。もちろん旧首都だが今は兄の領地内にあるバダホスではなく、自身の領内にあるセトゥーバルの地で。
葬儀は盛大に行われ、バダホスに住む人々はアル=ムザッファルの次男がいかに家族思いで信心深く、そしてともすれば長兄よりもバダホスの君主に「相応しい」存在なのではないかと噂し始めていた。
ウマルが葬儀を執り行うと聞き、兄ヤフヤーも慌てて戦場から駆け付け、そして到着するなり大げさなほどに咽び泣く姿を見せた。まるで、自らも心の底から父の死を嘆き悲しみ、彼を愛していたと証明するが如く。
しかしこれを見るバダホスの臣民達の表情は皆、一様にして冷ややかであった。そしてウマルもまた、これを見てただ黙って頷くだけであった。
葬儀は順調に進んでいった。盛大に、厳粛に。
その最後の段階、埋葬の瞬間においても、ウマルは喪主としての責務を見事に果たし、参集したバダホス内の人々は皆、彼こそがこの国の「後継者」として最も相応しい存在であると感じ始めていた。
――これを見て、突如としてヤフヤーが叫び出した。
「――なぜ貴様がこの国の西半分を奪い取っているのだ! それはすべて、アフタスの家長たる我のものであるべきだろう! 父はそのように願っていたはずなのに、この外道め!」
これを聞いてさすがにウマルも呆然とする。
「何を仰っておられるのだ、兄上。これは父の遺言に基づく決定で――」
「その遺言を読んだムフティーのムーサーはお前とも親しい間柄だというではないか! 捏造したのだろう? そしてこの葬儀も、我に黙って勝手に開き、まるで国主のようにこれを取り仕切っている。正当なる君主よりその地位を簒奪しようとする貴様の穢らわしい野心は、必ずや神の怒りに触れるぞッ!」
大声と共にウマルを非難するヤフヤー。ウマルはただ困惑し、言葉を失っている。
「今に見ていろ、ウマル。必ずや貴様の簒奪した土地は、奪い返してみせる!」
怒りと共に立ち去ったヤフヤーの後ろ姿を見送り、ウマルは呆然と立ち尽くしていた。さっきまであった場の厳粛さは跡形もなく消え去り、戸惑いの声が方々から漏れ出ていた。
「我が主人(あるじ)」
そのウマルに、傍から宰相アベイが声をかける。
「今のヤフヤー様の言葉は、明確な主人に対する宣戦布告と捉えられます。少なくとも、これまでのヤフヤー様の振る舞いはどれを取っても、バダホスの君主として相応しいものとは言えませぬ」
ウマルは場に集まっていた人びとの表情を窺う。誰もが、声には発さねど、アベイの言葉に同意するが如く意の固まった表情をしていた。
「我が主人。事をなすべきときです。主人が一族が、真に勝利者となるために、これは成さねばならぬ道です」
ウマルは頷いた。
「正直」な男である彼にとってそれは、決して簡単に為し得ることではなかった。
だがそれでも、それがこの国の「王」たる責務を持つ者として、超えなければならない道であることもまた、十分に理解していた。
そして、1070年7月3日。バダホスにある国主ヤフヤー・イブン・アルムザッファルの寝室の中に、一人の男が忍び込んだ。
それは雲の多い夜だった。ヤフヤーがふと目を覚まし、目の前に見慣れぬ影が立ちはだかっていたのに気づくも、声を上げる前にその影が掴んでいた「何か」が彼の懐に吸い込まれていった。
わずかに雲間から覗いた月の光が、窓を通り抜けてその「何か」に反射してきらりと光ったその瞬間、ヤフヤーの意識は闇の中へと沈んでいった。
それは、イスラームの暦における「安住の月」に行われた悲劇であり、のちに人びとはこれを「安住月(ズル・カアダ)の陰謀」と呼ぶようになったという。
だがその呼称は、決してその「黒幕」と目されていた人物を非難する意図を含んではいない。
アッラーの意思なくしては、一枚の葉でさえ地面に落ちない。ましてや、この「陰謀」もまた、神の導きによるものであり、正しき運命の結末であったのだから。
かくして、ウマルはバダホスの唯一の支配者となった。
だが、そんな彼の前には、大いなる困難が待ち受けていた。
すなわち、北の大国カスティーリャとの対決である。
カスティーリャ戦争
「状況を説明してくれ」
「は」
宰相アベイは頷き、説明を開始する。
「先達て主人の兄君たるヤフヤー様が北のレオン王国に対し領土の割譲を求め侵略を開始したのは周知の如くです」
「ああ、父の葬儀も蔑ろにし開始した戦争だな」
「それはレオン王国の東に位置するカスティーリャ王国が、レオン王国に攻め込み、これを窮地に追い込んでいた時であったがゆえに、一定の道理は御座いました」
「しかし」と、アベイは険しい表情を見せる。
「ヤフヤー様の想定以上に、カスティーリャ王国の侵略は激しく、そして速いものでした。開戦からわずか1年。レオン王アルフォンソ6世は降伏し、王国から追放されました」
「そしてレオン王国の全土が、カスティーリャ王国の掌中に収まることとなったのです」
「なるほど、そうなると」
ウマルの言葉に、アベイは頷く。
「ええ。これまでは隣国に攻められ風前の灯となっていたレオン王国相手ゆえ、その勝利と領土の獲得は容易な目標だったでしょうが・・・その領土の持ち主がこれを打ち負かした大国カスティーリャとなれば、話は変わります。むしろキリスト教徒の土地を火事場泥棒が如く奪い取ろうとした我々に対し、彼らは怒りと共に軍勢を派遣し、今まさに彼らは我らが領内に侵入してきているのです」
「この2,400のカスティーリャ王国軍を指揮するのはかの有名なエル・シッド。先の対レオン王国戦争でも、この男がほぼ全ての勝利に関わり、天下に並び立つものはいないと称されるほどの勇者です」
「なるほど・・・敵についてはよく分かった。それで、味方については?」
ウマルの問いかけに、アベイは頷く。
「自軍は大きく分けて2つ存在します。リスボンにて新たに召集したラフ将軍率いるバジャ公爵軍1,000」
「そしてすでに敵領内に侵入し、アビラの陥落にも成功させているバダホス公爵軍700です。アル=ムザッファル様も重用されていた勇敢なるアストゥリアス人シル・ベラス将軍率いる王国きっての精鋭軍です」
「ベラス将軍の評判は聞いている。エル・シッドに立ち向かうためにも、何とか彼らと合流したいが」
「ええ。ですが彼らが真っ直ぐ国内に戻るためには、狭いグレドス山脈の峠を越える必要があります。エルバスを占領したエル・シッド軍もそちらに向かっている以上、そのルートを彼らが選択するとは思えないでしょう」
「と、なれば、彼らが選ぶルートは・・・」
「ええ」
そう言ってアベイはウマルが睨めっこしている地図に指を置き、弧を描いた。
「必然的に、この遠回りのルートを選ぶはずです。我らはこれを先回りし、トゥレイトゥラ(トレド)にてベラス将軍の軍と合流するべきかと」
「すでにトゥレイトゥラのタイファとは話をつけております」
アベイの言葉にウマルは頷いた。
「よし。では早速ラフ将軍にトゥレイトゥラへと向かわせろ。ベラス将軍と合流し、エル・シッドを打ち倒すぞ」
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1070年8月。リスボンを出立したラフ将軍率いる1,000の軍勢は、占領されたエルバスを解放するよりも先に、ベラス将軍の部隊と合流すべくまっすぐに東へと向かった。
この狙いを察知したカスティーリャ軍元帥エル・シッドは、北へ向かっていた軍をすぐさま反転。ラフ将軍の軍を追いかけ始めた。
「将軍、奴らの行軍スピードは異様です。まもなく数日以内に、我らは追いつかれてしまうかと――」
「くっ・・・間も無く、間も無くなのだ、合流するのは。何とかあのマドリードの丘を登れ! 最悪そこで奴らを迎え撃ち、ベラス将軍の軍との合流までの時間を稼ぐ!」
死に物狂いで丘を駆け上ったラフ将軍の軍はそこで反転し、覚悟を決めた。が、そこに届けられた、仲間の軍の接近の報。
「――バダホスの旗をはためかせた兵士たちが真っ直ぐにこちらに向かってきております! しかも彼らはムリーナのワーリー(首長)軍を味方に引き入れて、1,000を超える軍勢でここマドリードに向かってきてくれております!」
「何と・・・」
驚きと安堵の入り混じった溜息を吐くラフ将軍。
そしてその視界の先には、同じ情報を手に入れたが故か、エル・シッドの軍が丘を前にして踵を返し、退却していく姿が映っていた。
「何とか間に合いましたね。お初にお目にかかります、ラフ将軍」
アフリカ系にルーツを持つバダホスの民と異なり、キリスト教系の、色白で端正な顔立ちのシル・ベラス将軍は、イベリア訛りのベルベル語で礼儀正しく挨拶をした。
「・・・助かりました、将軍。貴殿が来てくれなければ、我々はあの恐るべきキリスト教徒の軍勢に嬲り殺されるところであった」
「私だけでは同じ運命にあったでしょう。途中、道案内のみならず精強な兵をも貸して頂いたフダイル様の御助力あってこそ」
「そして、安心するのはまだ早い」
べラス将軍はそう言うと、その視線を西方、エル・シッドの軍が向かったバダホス王国の方へと向ける。
「彼らは我々が占拠したアビラの解放に向かうことでしょう。私たちもすぐにこれを追いかけ、まずはエルバスを解放しなければなりません」
そ、そうだな、とラフ将軍は頷く。彼はすでに、軍隊の主導権をこの異民族の男に奪われつつあることを感じていた。
「そしてそれだけでは、結局のところ我々はただ自らの土地を蹂躙されて終わることになるでしょう。
――一矢報いねばなりません。そのためには、かのエル・シッドを野戦にて討ち破る必要がある」
な、とラフ将軍は驚いて口を開ける。「そんなことが可能なのか」
「可能です」
と、べラス将軍は断言してみせる。
「敵地に乗り込み、逃れながらも情報を収集していく中で分かったことですが、かのエル・シッドの武名をカスティーリャ王宮は疎ましく思っている節があります。もしもエル・シッドがこのまま我らとの決戦を避ける素振りを見せるのであれば、彼はより一層、政治的な窮地に追いやられることでしょう。
彼らは多少無理してでも我らと決戦をせざるを得なくなるはずです。それを狙って、有利な局面にて彼らを迎え撃ちます」
そのべラス将軍の思惑は、間もなく形となった。
1071年5月。バダホス・ムリーナ連合軍2,400がエルバスの解放に成功した頃、エル・シッドの軍もアビラを解放し、そのままグレドスの峠を通って再びバダホス公領に侵入しようとしていた。
今や連合軍の総指揮官の地位を許されていたべラス将軍は、すぐさま全兵士に全速力で峠を登らせ、先にその頂上を奪取することに成功した。
そして始まる、「グレドス峠の戦い」。
最初は数的不利であったバダホス・ムリーナ連合軍。
しかしカバジェロと呼ばれる軽装騎兵が主力であったエル・シッドの軍に対し、バダホス・ムリーナ連合軍は山岳地形に強い弓兵・槍兵が主力。
機動力を活かせないエル・シッドの騎兵隊の散発的な突撃を、整然と組織された槍兵が阻み、そして高台より弓兵が矢の雨を降らす。
さらにはエル・シッドこそ常人の数人分の武勇を誇るものの、それ以外は必ずしも優れた騎士たちが揃っているわけではないカスティーリャ軍に対し、バダホス・ムリーナ連合軍にはべラス将軍含め勇猛な騎士たちが数多く揃い、それぞれが決死の覚悟で敵兵に切り込む姿を見せていったのである。
結果、間もなくして数的不利は覆され、エル・シッドの軍は徐々にその数を減らしていく。
そして、ついにはある一人の勇敢なる兵士が、エル・シッドの懐へと果敢に入り込み、その無敵の身体に傷を負わせることに成功した。
これをきっかけにして、カスティーリャ軍は完全に瓦解。最後は雪崩を打つようにしてその兵数は削り取られていくこととなった。
そして1071年7月31日。グレドスの戦いはべラス将軍率いるバダホス・ムリーナ連合軍の勝利に終わる。
エル・シッドはさすがの活躍で、たった一人で111名ものイスラーム兵を斬り殺すという英雄に相応しい戦果を挙げた。
しかし所詮はたった一人の奮闘。より冷静に兵を纏め上げ、連合軍でありながらもカリスマ的な指導力でこれを見事統率したべラス将軍が一枚上手と言える結果となった。
そして、この勝利は戦争全体の趨勢を大きく変えることとなった。
エル・シッドを敗走させた、という噂は瞬く間にカスティーリャ王国中に広がり、邪魔する者もいない中、べラス将軍は悠々とアビラの城の2度目の包囲戦に取り掛かることとなった。
しかも1071年9月27日。
エル・シッドが先の戦いで負った傷が原因で死去した、との報せが将軍のもとに届けられる。
もはや、バダホス軍を阻む者はいなくなった。
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手も足も出せないカスティーリャ軍を尻目に、その主要都市をいくつか占領して回るバダホス・ムリーナ連合軍。
そしてついに1072年5月5日。カスティーリャ女王エステファニア*1(正確にはこれを摂政する前王后ヒメノ)は降伏を受け入れる。
バダホス王国は係争地であった国境沿いのアビラを獲得。カスティーリャ王国に対する橋頭保を手に入れた形となった。
さらにこの、愚王ヤフヤーが引き起こした劣勢なる戦いを逆転し、バダホスに勝利を導いたことで、新王ウマルに対する臣民たちの評価は拡大。誰もが彼を「正当なる者」としてみなすようになった。
そして同年8月。
ウマルはアストゥリアス人のベラス将軍の助言も受け入れ、北方のキリスト教国と同格であることを示すかの如く自国を新たに「バダホス王国」と定め、自らを「王」であると宣言する。
後ウマイヤ朝亡き後、タイファと呼ばれる諸侯が乱立する限りであったこのアル=アンダルスにおいて、一つ抜き出た存在として自らを規定することとなったのである。
こうして、即位直後の混乱期をようやく終え、ウマルも一国の主として自由に動けるようになる。
ここからが彼の、本当の物語の始まりだ。
第二次クルトゥバ戦争
1073年2月。
ウマルは供回りを連れて隣国トゥレイトゥラの首都マディーナト・アル=ムルークへと赴いていた。
そこで待ち受けていたのは、トゥレイトゥラのタイファ、ヤフヤー・イブン・アッ=ザフィル。公正さと慈悲深さ、そして勇猛さで知られた名君であった。
「先の戦い、見事であった。かのエル・シッドをも打ち負かすとは、貴殿が祖父、アル=マンスールの再来かと思うが如き功績に」
「いえ、これもヤフヤー殿とヤフヤー殿の家臣たるフダイル様のお力添えあってのもの」
ヤフヤーの賞賛に、ウマルは謙遜して応える。
「これからも何卒、お互いにこのアル=アンダルスの秩序維持が為、協力を願いたいところです」
「勿論だ。そのためにこそ、こうしてこの日を設けたのだからな」
ヤフヤーの言葉に、ウマルは頷く。
「それでは、お約束通り」
「うむ。貴殿が子と我が娘との婚姻を結び、互いに深い同盟を結ぶこととしよう」
「で、ウマル国王殿、次はどちらを狙って?」
ヤフヤーはそう言うと意味深な笑みを浮かべる。ウマルは慎重に言葉を紡いだ。
「ええ、次は・・・クルトゥバを狙おうかと。5年前、我々の土地に攻め込んできた因縁深い相手です」
「ほう」
ヤフヤーの目の奥が光る。
「なるほど・・・だが、単なる復讐というわけではあるまい。狙うはクルトゥバの都そのものか」
ウマルは沈黙する。ヤフヤーの顔つきが真剣なものに変わる。
「かつてのウマイヤ朝の首都、クルトゥバ。その繁栄はアル=アンダルス、のみならずこのイベリア半島随一と言っても良いだろう。今は「統領」アル=マンスールが統治するこの地を、いずれかのタイファが領すれば、この半島におけるパワーバランスさえも崩しかねないものであるとさえ言える」
ウマルはヤフヤーの表情を窺う。果たして、このウマルの狙いを、目の前の「アル=アンダルス最強の男」は許容してくれるのか。
その心配は、杞憂に終わった。ヤフヤーはやがて小さな笑みを口元に浮かべ、告げた。
「まあ、良いだろう。いずれにせよ、同じムスリム同士がいがみ合っている場合ではない。ましてや私と君とは、同じバラーニスの文化を共有する者同士なのだからな。キリスト教徒たちも今はまだ互いに相争っているが、どこか一つの国が巨大化、あるいは相互に手を組み合って我らに本格的な侵攻を行えば、ひとたまりもないだろう。それまでにこのアル=アンダルスで、確固たる基盤を作らねばならない。
ウマル殿、我らの同盟はその始まりでなくてはならない。貴殿のクルトゥバ攻めに協力しよう。代わりに貴殿もまた、我々の協力をしていただきたい」
ウマルは静かに頷き、これに応えた。
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1075年8月。クルトゥバ共和国統領アル=マンスールがメッカへの巡礼に旅立ち領国を留守にした隙に、バダホス王ウマルはトゥレイトゥラのタイファ・ヤフヤーと手を組んでこれに攻め込んだ。
都を守るクルトゥバ軍は、傭兵も雇用して4,000近い兵を集めるも、トゥレイトゥラ軍と合流し5,000弱となったバダホス軍の前に無残に敗退。
イベリア半島でも最大級に堅牢なその城砦は簡単には崩れ落ちることはなかったが、それでも翌年11月も末になる頃にはついに陥落。
そうして手に入れた繁栄の都「コルドバ」を、ウマルは王国の新たな都として定め、ここに王宮を移転させることに決めたのである。
こうして、バダホス王ウマルは、トゥレイトゥラのタイファと並ぶアル=アンダルス最高峰の勢力としてその名を轟かせることとなったのである。
――だが、急激な拡大は、その内部に混乱と不穏とを生み出すことにも繋がる。
「――先日のアビラの領主の顛末は、聞き及んでいるな?」
その「会合」の中で、一人の男が囁くようにして尋ねた。
「アビラの領主、アントニノ・ディエゴスが、偽りの噂によって名誉を傷つけられ、それを口実にその領地を剥奪されたという」
「これは、果たして我らが主君の振る舞いとして適切と言えるのだろうか――?」
「そして我らが同じようにして、危機に晒される恐れがないと、果たして断言できるのだろうか――?」
座の中心に座るその男の言葉に、両脇に座る男たちは沈黙を返すも、その表情には確かに迷いの色が浮かんでいた。
男はあと一押しだと理解していた。
「特に貴殿らは、アントニノ氏と同様に、異教徒であり、かつ異民族だ。今はウマル王に重用されているかもしれないが、永劫にそれが続くとは限らぬ。手を付けられなくなるほどに強大化するよりも先に、動くべきではないか――?」
男のその言葉に、ついにその二人は覚悟を決め、頷いた。
中央に座る男はそれを見て、口元に笑みを浮かび上がりそうになるのを必死に堪えていた。
1077年9月25日。
先の「第二次クルトゥバ戦争」の際はウマルを支援してくれていたトゥレイトゥラのタイファ・ヤフヤーが、今度はその引き換えとばかりに、自らの対マユールカー戦争への参戦を要請してきた。
当然、ウマルはこれを承諾。
ラフ将軍に2,200の王国軍を率いさせ、早速トゥレイトゥラへその兵を向かわせようとした、そのとき――。
「――へ、陛下ッ! 大変ですッ・・・!
アル=バシュの領主であるアコラコルが王国に対する反旗を翻し、蜂起――」
青ざめた伝令が転がり込むようにしてクルトゥバの王宮に駆け込んできて、息も絶え絶えに報告を告げる。
その最初の報告にはさほど表情を変えることのなかったウマルも、伝令から告げられたその次の言葉に、目を丸くし、「馬鹿な・・・」と呟くほかなかったという。
その内容は、次の通りである。
「――反乱軍の中には我が国の宰相、アベイ殿、そして我が国最強の将軍、シル・ベラス将軍も含まれているとの由――!」
果たして、狼王ウマルは、この試練を乗り越えることはできるのか。
第2話へ続く。
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モサラベの王国(867-955):9世紀イベリア半島。キリスト教勢力とイスラーム勢力の狭間に息づいていた「モサラベ」の小国が半島の融和を目指して戦う。
ゾーグバディット朝史(1066-1149):北アフリカのベルベル人遊牧民スタートで、東地中海を支配する大帝国になるまで。